6:ユズハ、ノン
「んっ…???」
黒いニット帽をかぶった黄色のカービィ、ノンは、一枚の張り紙の前で足を止めた。
『国際指名手配:シディ(Sidy) 国内にて逃亡中 目撃者は国への通報が義務付けられています 報酬金1000万ゴルド』
張り紙には、うすい緑色の体色、バンダナをかぶり最高級の農家の証・特級★★★の紋章を身につけたカービィのイラストが印刷されている。周りを見渡すといたるところに同じ張り紙が貼られている。
「ヤバい奴じゃんか」
ノンは頭を抱えた。
「参ったな…ユズハさん…どーする?」
ノンはとなりで食材を物色しているピンク色のカービィ、ユズハに声をかける。
「んと~~トマトは買ったし、あとはポテトポテト、ポテトと」
ユズハは丸くフワフワしたポンポン付き帽子のつばを持ち上げると、ノンを見る。
「あのねー別に人助けをしてるわけじゃないのよ?うちは」
来るもの拒まずだけどね〜、そう言ってユズハはにっこりと笑う。
「さすがにこんなレベルの犯罪者は手に余るわ〜、うふふ♡」
「いやーそれが、ですね…」
ノンはばつが悪そうに頭のうしろをポリポリ掻いている。
「一昨日の昼間、会っちまったんだよ…」
「え゛っ」
素っ頓狂な声をあげ、ユズハはぼとりと買い物袋を落とす。
「すまん、会話した」
パチンと手を合わせてノンが謝罪する。
「ミスティグローから来たっていう田舎者で、不用心にベラベラ喋るもんで…余程の阿呆だと思ったから道とか教えた」
「うっそ〜」
「あとロープウェイのチケットもあげた」
「えええ〜」
「こんな凶悪犯罪者とはつゆ知らず…完全に油断した」
「どっひゃ〜!!!」
おかしいな、変な“匂い”はしなかったのだけれど、とノンは言い訳がましくボソボソとつぶやく。
「ノンちゃんはぁ〜〜本当に、おひとよしさん!なんだからぁ…」
もうっ、と言いながらユズハはしばらくふてくされた顔をしていたが、ビニール袋を抱え直し、足早に歩き出す。ノンもそれにつづく。
「悪い」
「仕方ないわね、ノンちゃんの足がつく前に片付けましょ」
「おう」
「もう用事も済んだし、イヴリィを発つわよ」
「了解。あとで」
「はぁい♪まったね〜!」
十字路に出た。ふたりはパッと二手に分かれ、買い物で賑わう《マルシェ》の雑踏に紛れていった。
物分かりの良いコだといいけど。ユズハはそっと心の中で呟く。
7:《サイダー》にて
《サイダー》のゲート付近はひどく荒れていた。
『現在国際指名手配の国内逃亡中につき厳重警備中』
繰り返し、出国手続きの厳戒警備を知らせるアナウンスが鳴り響き、《王国警備隊》の隊員が走り回って出国希望者の対応に追われているようだ。ゲートの前には国外へ出国しようとしているカービィたちの列ができ、なかなか進まない。皆、座り込んでグダグダしている。気の短いものは警備隊に怒号を浴びせている。
(こんなようすじゃ、こっそり脱出なんて無理だよ)
シディは《サイダー》の裏路地からゲート付近を眺めていた。目の前にそびえ立つ巨大な《国境壁》は、とてもじゃないが自力では超えられない。《国境壁》は、《イヴリィカーニー》を囲む巨大な壁だ。何から護っているのかわからないが、その高さは約850M(メルタル)。上からの景色は一体どんなものだろう。想像しただけでクラクラしてきたので、シディは壁を見上げるのをやめて、スラム街の裏路地を歩きはじめた。イヴリィは広い。きっとどこかに、外へ通じる抜け道があるはずだ。
8:モック、チャタ
「ねぇモック〜〜はやくかーえーろーうーよ〜〜」
白と黒の先割れ帽子を揺らし、山吹色のカービィ、チャタはキャンディをくわえながらゴネている。
「待て待て、あともうちょっと」
ガラクタの山をガサゴソと漁っているのは、水色のカービィ、モックだ。ベージュのキャップをかぶり、頭には溶接用のゴーグルをかけている。
「こんなガラクタなんの価値があるんだか」
こつん、チャタが地面に転がっているガラクタの破片を蹴っ飛ばすと、モックがすごい形相で振り返った。
「おま、ちょ、ふざけんな!蹴るなよ!バカ!」
「もう飽きた!」
「はぁ?!テメーさっきはスイーツバイキングとかいう何が楽しいんだがよく分からん道楽に散々付き合わせたじゃねーか!!!別に帰りてーなら勝手に帰れば!」
「ユズハに二人一組行動は絶対って言いつけられてるも〜〜ん。何かあったら大変だも〜〜ん。」
「そのまま喧嘩吹っかけられてボコボコにされちまえ」
「ひどい!!!団のルールを守れない奴は退団!退団!」
チャタの退団コールにモックは折れたようだ。
「あーあーうるせーーな、分かったよ」
モックは渋々、手にしている3,4個のパーツを持ってガラクタ売りのカービィのところへ向かう。
「ふっふっふ〜ん、良い物に目をつけたね!ジェットスターの72-4モデルのパーツ!かなり古い型のレアもんだよ〜」
「ったりめーだろ!俺を誰だと思ってる!」
えへん、モックはドヤ顔でちらっとチャタを振り返った。
「うざい。全く凄さが分かんない」
「あぁ〜〜?!」
「はい、締めて1000ゴルド。払ってってね〜」
「ん、あんがと」
チャリン。モックは小銭入れからお金を支払うと、背負っているナップサックにパーツを投げ入れた。すでにナップサックはパンパンだ。
「じゃーな、ナット」
「あい!指名手配犯がこのへんウロチョロしてるらしーから気をつけて」
ナット、と呼ばれた灰色のカービィはニヤリと笑みをこぼした。
「1000万ゴルドもあれば何が買えるかなぁ〜〜うふふふ」
ナットが宙をみつめて夢見心地な表情を浮かべ始めたので、モックは苦笑した。道の脇の塀をみると、間抜けな顔でこちらを見つめている緑色のカービィのイラストと目があった。
9:ブロウ、カット
「駐禁であります!」
「駐禁であります!」
《王国警備隊》の警帽をかぶったふたりのワドルディを前に、とんがり帽子を被ったチャコールグレーのカービィ、ブロウは頭を抱えていた。
「え?なに?こんなだだっ広い荒野で駐禁とかあんの?」
「この線がみえないのでありますか?!」
「ありますか?!」
「この線からこっちはイヴリィカーニーの法のおよぶ範囲であります!」
「この線からそっちはトラットダストなので別にしらねーであります!」
ここは、イヴリィカーニーの壁の外側、広大な荒野が広がる移民の国トラットダストとの国境付近である。彼らのそばには、二階建ての巨大なキャンピング専用エアライドマシン、通称《キャラバン》が停まっている。すこし茶色がかった赤色のワドルディと、紫色がかった赤色のワドルディはそのふもとを指した。
「あ?」
ブロウは目を凝らして、《キャラバン》のタイヤ付近を見つめる。バッバッと土埃を払うと、色あせた黄色のラインが浮かび上がってきた。
「ちょっとかはみ出てねーじゃん!いいじゃんこのくらい!」
「駄目であります!」
「駄目であります!」
「わかった、いま動かすから、駐禁きっぷ切るのヤメてくれ〜」
「もう遅いであります!」
「おヌシが現れるまで30分が経過したので見逃すことはできないであります!」
「ばっきんとして1万ゴルドを支払うであります!」
「ウソだろ?!たっけぇ〜〜〜」
ブロウはがくっと地面に崩れ落ちると、わなわなと震えはじめた。
「ユズハにぶっ飛ばされる…今月赤字なのに!1万ゴルドもあればマキシムトマトのフルコース料理が食べられるのに…ぐすっ」
ブロウがわかりやすい嘘泣きをしてみせると、ふたりのワドルディは顔を見合わせ、なにやらコソコソ話している。
「こいつ、かわいそうでありますな」
「たしかに、びんぼうにんから金をせびるのは少々こころが痛むであります」
「警備さんよ、たのむ、、見逃してくれよ〜」
ワドルディは勢い良く飛び上がると、車体に貼られた大きな黄色いシールをパシィッと指す。
「もうだいぶ前に貼っちまったのであります」
「あああああああああああああああああああああああああああああ」
「あがくのはヤメルであります」
「そのとくせいシールは一度貼ったらさいご、とくしゅな液体をつかわないと剥がせないであります」
「金をはらうであります!」
「あーあ、やっちゃったね、だんちょー」
《キャラバン》の裏から、ニット帽とヘッドホン、ゴーグルを身につけた濃橙色のカービィ、カットがひょこっと顔を覗かせた。
「お前見てたんなら何かフォローしろよバカ」
「うっひょ〜おいらも巻き添え?!」
「だいたいこんな色褪せた線、分かり辛すぎるんだよ!ちゃんと引き直せよワドさん」
「そんなよさんは無いのであります」
「国のよさんは火の車であります」
「だからこうして、びんぼうにんから、ばっきんを巻き上げているであります」
「鬼畜だ」
ブロウはようやく震える手で1万ゴルド札を差し出した。
「はいよ」
「そうやって素直に出せばいいのであります」
「あります」
紫色のワドルディは差し出された1万ゴルド札をつかむ。
「ぬ?」
しかし、なかなかブロウは手を離さない。
「はははやっぱり腑に落ちねーぞ…っぬぬぬぬぬぬ」
「ぐぐぐ!むだなていこうはヤメルであります」
「ふんぬんぬぬぬぬ・・・」
ぎゃっはっはと、カットがとなりで涙を浮かべながら爆笑している。
「は〜面白れ〜〜…あ!ユズハが帰ってきたぞ!!」
ごんっ。ブロウが急に手を離したせいで、ワドルディもブロウも転んで頭を地面に打ち付けてしまった。
「戻ってくるの早くね?」
「ごシュ~ショ〜様です〜」
うっひゃっひゃー!カットは慌ててキャラバンの中に隠れた。
「ブロウ!カット!緊急事態よ!」
「おい、団長、なに寝てんだ」
パタパタと駆けてきたユズハとノンは、ふたりの警備隊ワドルディに軽く会釈すると、《キャラバン》に乗り込んだ。
「…」
「では、シール剥がしたのであります」
「まいどであります」
「はーい、お世話様ですぅ」
ブロウは嫌味ったらしい挨拶でふたりのワドルディを見送ると、続いて《キャラバン》に乗り込んだ。中は薄暗い。ブロウは入り口のタラップを仕舞い込み、ふたりのワドルディが警備用のエアライドマシンに乗って遠くへ去っていくのを確認すると、ドアを閉めて部屋を見回した。
「えーっと?嫌な予感しかしないんだが」
ブロウは声をひそめてたずねる。
「昨日急にばらまかれた謎の指名手配犯についてだな?」
「そうよ」
ユズハも声のトーンを落としてこたえる。
「一昨夜、ノンが《オブザ》の旧市街で接触したわ」
「足がつく前に、指名手配犯の回収に協力してほしいんだ」
ノンは頭を下げた。
「面倒かけるが、すまん」
「うーい」
カットは調子よく答える。ブロウはため息をつく。
「乗り気はしないが、しょうがねーな」
「作戦会議を始めるか」
「そうね」
ユズハはにっこりと笑い、すっくと立ち上がった。
「1万ゴルドの件は落ち着いてからじっくり話しましょ☆」
「大変申し訳ございませんでしたァァ!!!!!!!!!!!!!!!!」
10:鉄塔へ向かえ
「ハァ…ハァ…」
日は傾き、辺りはオレンジ色の夕陽が当たり始めている。シディは道なき道を走っていた。
スラム街を抜けると、手入れが全くされていないであろう、ちょうど背丈くらいの草がバサバサと生えた、だだっ広い野原に出た。
シディが走りながら目指す先には、国境ギリギリのところに建っている、もう誰も使っていない発電所か、工場のような建物が見える。使われていない排水溝やダクトなど、外につながるものがあるんじゃないかと、シディは目星をつけた。
(この調子で一気に抜ければ…っ!)
昔から逃げ足だけには自信がある!
ガサッ!
が、突然、草が刈られぽっかりと空いた広場に出てしまった。
「あっ」
「あっ?」
車座になって座っているカービィたちがざっと5人くらい、シディのほうを一斉に振り返る。
シディはゆっくりとその場を見回す。ハンマーを持ったカービィ。大剣を携えたカービィ。顔に傷のあるカービィ。中心に置いてある岩の上にはジャラジャラとお金が積まれている。とりあえず嫌な予感がする。シディは急にバカみたいに明るく笑って片手をあげた。
「やっほぉおおおおー!!!こんちは!」
「お、おう」
カービィ達は思わずつられて挨拶を返す。
「道を聞こうと思ったんだけど邪魔でしたよね?!すんません!お邪魔しましたぁ!」
「…」
「バイバーイ!あはははは!」
ガサガサ…
シディは笑顔を顔に貼り付けたまま静かに草の中に高速バックし、次の瞬間、涙を浮かべながらどこに向かうでもなく走り出した。
(なんでまた、僕は!!!!こんな物騒な場所に出ちゃうんだよぉ!!!!!バカぁぁぁ!!!)
バサッ!!!!!シディの上に影が落ちる。大きなハンマーのようなものを振り上げたカービィが飛び上がったようだ。振り返る暇はない。
「んギャハハはははは!!!!そちらから出向いてくれるとは好都合!!!」
「こんな辺境に何の用ダヨォ!!!!」
「バイバイしないで遊ぼうぜ!おい、“フダ付き”!」
ドカァン!!!!ボコォン!!!!!
後ろからすごい勢いで土埃と怒号と爆音が迫ってくる!ブルルルン、とエンジン音もする。まずい、エアライドマシンか…
(なんなの?!なんなのこのひとたちは!!!僕のこと知ってる…ってそりゃそうか、1000万が目当てなのかぁぁぁ)
ビュッ!
とつぜん、目にも留まらぬ速さで何かが飛んできた。シディは悪寒がして右手を振り返ってしまう。先ほどまでボウボウと茂っていた草が綺麗に同じ高さで刈りそろえられている…
「ち、外したか」
斬撃だった。ゾッとする。
(おい!そのまま前へ走れ!)
その時、急に頭の中に謎の声が響いた。
(シディくん!そのまま走って!斜めに傾いた鉄塔があるでしょ!)
「えぇ?!は、はいぃぃ」
シディはなんとか体勢を持ち直し、つんのめりながらバタバタと走り続けた。ジワジワと広がってくる右頬の痛みを掻き消そうと、頭をブルブルと振り、まっすぐ前を見る。草むらの隙間から、チラチラと鉄塔が見える。荒野にぽつりと佇む傾いた鉄塔。沈みかけている夕日と重なり、黒々としたシルエットとして浮かんでいる。
ズガァァン!!また何か飛んできた。
「ひっ」
(怯むな!!大丈夫だから!走れっ)
「うおおおおおおおおおおあおあああああ」
シディは大声を出さずにはいられなかった。もうどうにでもなれ!諦めとも、決意ともわからない謎の昂揚感で、いっそう足に力を込め、走る。
(もうすぐ!鉄塔のうらに半地下の入り口があるから。そこへ跳んで!)
「!!!!!」
鉄塔まであとどれぐらいだろうか?とてつもなく長く、遠く感じる。後ろから迫るエアライドマシンのエンジン音、もう振り返る暇はない。
シディは次の瞬間、全身に電撃のような、鋭い衝撃を感じた。
「がぁぁ…っ?!?!?!」
身体が動かない。シディは為すすべもなく地面に倒れこんだ。ズサァァ!!!!!土埃が舞い、視界が悪くなる。
「おっコケたぞ!!!確保ォ!」
ピリピリと全身が痙攣している。思い切り転んでしまっていたのだ。
シディは怪しいやつらの笑い声に次々と取り囲まれていく。視界は霞み始めていた。
(もうダメか…)
そのとき、目の前でまた違う、黒い影がバサっと飛び上がった。
「コピー能力発動:《ソード》」
低い声とともに何かが鋭く光った。薄暗い中でもハッキリと見える。鋭く、鈍く光る”それ”は、
見覚えのある両刀の剣(つるぎ)だ。
(これは…………!!!!!!)
「アァ?!誰だおめーは!!」
シディを取り囲んでいた声たちも、狼狽える。どうやらヤツらの味方ではないらしい。黒い影はシディの背後に降り立つと走り始めたようだ。ガガガガッ!!!!!と金属のぶつかり合う音が聞こえる。
「く…」
ばキィ!!!!どカヴァヴァん!!!
ズサァァ!!!!!!
あらゆる音が後ろで鳴り響く。一体何が起こっているんだ…
「クッソ…コピー能力持ちかよォ…」
いっせいにカービィが倒れる音が聞こえる。
突如現れた助っ人は、何も喋らない。ザッザッと、ゆっくりシディに近づく。
と、突然シディに向かって剣を振りかぶった!!
(えぇぇぇぇぇぇぇ味方じゃなかっ……?!)
ゴン、と鈍い音。
「っっっっっっっっっったぁぁぁ!!!!!!!!!」
「おい!起きろ!!!!」
「ちょと、何するんですか?!?!?!」
そこに立っていたのは、とんがり帽子をかぶったチャコールグレーのカービィ、ブロウだった。
「すごい…《ソード》のコピー能力だ!!」
わあ、かっこいい…シディは憧れの目でそれを見つめながら、目を輝かせる。
「え?助けたんだから早く逃げろって!!!」
「ぎゃーすみません!恩に切ります!」
「はいはい、お気を付けて……っとっと?!」
シディが走り出すと同時に、ガキィィン!と、武器のぶつかる音が背後で鳴り響く。
「おめーどっかで見た顔だなァァ?!」
「なぜそいつを匿う?!」
悪そうなヤツらがまた起き上がったらしい。
「ヒミツ!」
ブロウは簡潔に答えて応戦する。
11:地下ダム
シディはやっとの思いで鉄塔のふもとに辿り着いた。鉄塔の裏にまわると、たしかに半地下になっている窪みがある。そこにえいっと飛び込み、シディは目の前の扉のドアノブに手をかけた。力を込めるが、なかなか開かない。
「ふぐぐぐぐ…固い…!!!」
(シディ!こっちよ)
また、頭の中に声が響く。
「ぐぐぐぐ・・・わかってますよ、今開けて…」
(下だ、下!)
シディはハッと足下を見た。マンホールだ!今まで走って来た道をパッと振り返ると、ぼうぼうに繁った草の下に、鉄製の溝蓋のようなものがあり、その下に水路が通っている。先程から彼らはそこをシディと平行に走りつつ、足元から喋りかけてきていたのだった。ガラン!マンホールの蓋が勝手に開く。
「馬鹿!早くしろ!」
「おわわわわわ!!!!」
わしっと手を捕まれ、シディはマンホールの中に引きずり込まれた。
「あ……あなたは!!!」
手を引いたのは、《オブザ》で道案内をしてくれた、黒いニット帽をかぶったカービィ・ノンだ。
「自己紹介はあとね♡」
隣に控えていたユズハは、マンホールの蓋を手際よくしめるとにっこり笑い、シディの背中をどんっと押した。
「ああああああああああああああああ」
そこは急なすべり台のようになっていて。シディは為す術もなく、滑り落ちていった。
「ここは秘密の地下水路スライダーよ!けっこうスリルあるからガンバッテ☆」
後ろからユズハとノンも追いかけるように滑ってきているようだ。
「いやぁぁぁァァァァ言うのが遅いヒィィィ」
バシャーン!!!!!
ゴポゴポ……
「っぷはっ」
シディは水面から顔を出す。あたりは薄暗いが、目を凝らすと天井の高い、だだっ広い貯水プールのようだ。なにかわからないが、人工的な匂いがツンとにおう。
「はぁ…はぁ…びっくりしたぁ」
「シディくーん、こっちよ〜!」
向こうの方で、ユズハが手を振っている。シディは慌ててバシャバシャと泳ぎだした。やっとの思いで二人に追いつくと、ノンが口を開いた。
「ここは昔工場の地下ダムとして使われてたんだが、もう廃工場になっているんで今や誰も使っていない。秘密の抜け道だ」
「へぇ…こんなに大きいダムが」
「管理の目も届いてない」
バシャッと勢い良く跳ね上がり、ノンは壁に取り付けられている梯子に飛び乗った。
シディ、ユズハの順番でそれに続く。
「うぅこの梯子、すごく長いですね」
「がんばれがんばれ!あとちょっとよ〜!」
ユズハは明るい声で応援する。三人のカービィが梯子を登っていく度、ぺたぺた、という音がプールじゅうに反響する。梯子のてっぺんまで登るとそこには壁に取り付けられた鉄格子のドアがあった。ノンは器用にそれを開く。キィィィ、油の切れた蝶番が音を立てる。
「よっと」
三人はよじ登ると、一息つく間もなく走り出した。ちょうど背の高さくらいの、天井の低い、狭い通路だ。そこからは、右へ曲がり左へ曲がり、また右へ、右へ、左へと、ランダムに通路の分かれ道をくねくねと進んでいく。まるで複雑な地下迷路のようだ。シディはついていくだけで必死だった。
何回目かの角を曲がると、突然目の前に巨大な岩が現れた。
「お?!?!」
「ここは昔あった地震で陥没した通路。おかげで上の層に上がれるようになってる」
ノンは早口で説明すると、天井部分に僅かに開いている隙間へとジャンプしてすべりこんだ。シディもそれにつづき、ぴょんとジャンプして、縁につかまる。ユズハもするっと穴を抜ける。上に上がると、そこは天井の高いホールになっていた。あたりは薄暗いが、目をこらすと、壁に扉のようなものがある。
「な、なんだこりゃ・・・?」
「さっきのダムはどうやら、かつてイヴリィの《国境壁》を建設するときにも使ってたらしい」
「そ!これは壁の途中まで水を運んでいた《エレベーター》なのよ♪」
「え、えぇぇ・・・・」
シディは、下から見上げた巨大な壁の映像を頭に浮かべ、思わずたじろいだ。
「つまり・・・今から、あの《国境壁》を乗り越えるってことですか・・・・?」
「そういうこと」
「で、でも!壁の上には、《王国警備隊》がたくさんウロウロしてるんじゃ・・?」
「そうだな」
「ま、任せておいて、シディくん♪」
ユズハは陽気に言うが、シディは不安で仕方がない。ノンは扉の傍にあった大きなレバーをガコン、と引いた。ギギ、、、ギギギギギ、、、、、と鈍い音がして、ごうん、ごうん、という低い音があたりに響き始める。
「まだ・・・動くんですね?」
「改造して動くようにしてるの」
「す・・・すごい・・」
ここに来るまでの誘導が、スムーズすぎる。このひとたちは何者なんだろうか?スーパーヒーロー集団?スパイ?秘密結社?それとも賞金稼ぎのチームとか?シディはあらぬことを想像してしまいそうになり、思わずふるふると頭を振る。ガン!と大きな音がして、扉がゆっくりと開く。そこには、大きな鉄製のカゴがあった。業務用らしく、必要最低限の柵や手すりしかない。ちょっと足をすべらせたら落ちてしまいそうだ。
「行くぞ」
三人は一気に乗り込んだ。
-つづく-