シオン亭へようこそ〔下〕

12:《国境壁》上にて

ビュオォォォォォ、《国境壁》の上はものすごい風だった。足をふんばっていないと、風に押されて落ちてしまう。壁の外側、屋上部分から少し下あたりに、カービィが5人ほど収まるほどの小さなバルコニーがあり、そこに大きなカゴ状の乗り物が置いてある。カゴにはスキーゴーグルをつけた濃橙色のカービィ・カットと、山吹色のカービィ・チャタが乗っていた。ふたりとも黒いバンダナとマフラーを身につけ、顔を隠している。バルコニーの下は断崖絶壁だ。

「カット!あのカービィ、すっごいこっち見てるけど!」

チャタは目の前に広がる荒野の果てに、ひとりのカービィを確認したのか、慌ててカットに話しかける。

「へ?」

カットは提げていた双眼鏡で覗く。

「どう?こっち見てない?」
「んぁ〜?どこだぁ?」
「もっと右!ちがう、そっちじゃない、右って!」
「わかんねーよー、どこ?!」
「ちょっともう、貸して!!!」
「わっおい、やめろって!」

ふたりがバタバタするので、カゴはぐらぐらと揺れる。

「ほらっ、見てるよ!」

チャタはカットから奪った双眼鏡で荒野の果てを見つめている。

「あんね。あのひと、遠すぎてたぶん見えてないから!壁の模様と思われてるさ、ダイジョブダイジョーブ〜」
「うわっ目が合った」
「えっまじで!」
「あたしもあんたもオレンジ色で目立つんじゃない?!」
「ウッヒョォォォ、やべーやべー!」

ワタワタと騒いでいるカービィふたりは、急に黙りこくって顔を見合わせた。上方から声がしたのだ。
《国境壁》のパトロールを担当する、王国警備隊のカービィふたり組が廻ってきた。どうやら、先輩と後輩のふたり組らしい。

「ん・・・今何か聞こえませんでした?」
「あー?何が?」
「なんか騒いでる声みたいな・・・」
「風が強いからな、どこからか流れてきたんだろ・・ふわぁぁ・・・」
「そうっスか・・・気のせいならいいんですけど」

まさか、壁の外側に侵入者がいるとは思うまい。チャタは今の状況が可笑しくなって、思わずニヤリとしてしまう。

「ヘックション!!!!!!!!!!!!」
「?!?!?!?!」
「お前、くしゃみした?!」
「してない!してないっス!」
「今絶対聞こえたよな?」
「聞こえました!」

カゴの中のカービィふたりの顔は引き攣っていた。

(バカ!なんでくしゃみすんのよ!)
(ごめんごめんふ…くくく、うひゃひゃひゃ)
(笑ってる場合じゃないでしょ!)

パタパタパタと、カービィ二人が走ってくる音がする。バルコニーは、壁の縁から身を乗り出して覗けば、しっかりと見える位置にある。

(どうすんの?!)
(指定の時間まであとちょっとだけど、もうやるしかない!)
(えぇぇぇえええぇええ・・・)
(先手必勝!)

カットはマフラーをぐいっと口元まで上げて締めなおすと、思い切りジャンプしてカゴから飛び出すと、すごい勢いで壁をよじ登り始めた。

「おりゃおりゃ〜〜〜〜!!」
「ちょちょっと待ってカット!作戦は?!」
「はい、こんちわ〜〜〜〜〜〜〜〜!」

カットはおどけながら、ふたりの警備隊の前に立ちはだかった。

「誰だ?!?!?!」

先ほどまでのんびりしていた警備隊は、急に警戒態勢をとる。

「うっひゃっひゃっひゃー!おいらの名前は怪盗・バットくん!《王国警備隊》のマキシムトマトはいただいた!!!!!」

カットはバンダナの中から一個のマキシムトマトを取り出すと、ほれほれ〜と手の中で弄んだ。
マキシムトマトの“ヘタ”の部分には、金色に輝くラベルがぶら下がっている。《王国警備隊》の隊員、しかも上級ランクの者に毎日支給される、特別なマキシムトマトである!

「それはッ!おれの今朝の支給トマト!!!!!!お前が持ってたのか!!!!」

後輩カービィの手はワナワナと震えている。

「いや、お前落ち着け、ちゃんと朝食ってただろ!!!!その前に怪盗バットくんて誰だよ!ここには一般人は入れないはずだぞ?!お前どこから入ってきたんだ?」

もうひとりの先輩カービィは冷静だ。

「フヌォォォ許すまじ!!!!」
「待て待て!翻弄されるな!」
「にっげろ〜!!!!!!」

カットは一目散に走り出す。マキシムトマトを奪われた(と勘違いした)カービィは我を忘れて武器を取り出し、それを追う。

「全くどこの愉快犯か知らんが!んな慌てるこたねーんだよ」

冷静な先輩カービィは《国境壁》の上に等間隔で仕掛けられている《ベル・ボックス》に手を伸ばすと、蓋を開けた。

「とりあえず全隊員に通知だな、っと?!」

慌てて箱の中をガサガサと探るが、いつもはそこにあるはずの大きな鐘がなかった。

「《ベル》が無い?!?!」

チ、と舌打ちし、カービィはあたりを鋭い目つきで見渡した。さきほどカットが飛び出してきた縁から、《国境壁》の外を覗く。

「くらえーーーーっ!」
「ぎゃぁああああああああああああああああああ」

待ち構えていたチャタは、縁から覗いたカービィの顔面にスライム爆弾を投げつけた!
チャタはアタフタと縁の上へよじのぼると、カットが走っていた方向と真逆へ走り出した。

「くそ!舐めやがって」

冷静なカービィの声色が明らかに変わる。右手が煌々と光り始める。
あの構えは…コピー能力だろうか?

「最悪!あいつ強そう!」

チャタは振り返ってそれを見ると、一層ダッシュする。
目眩しを喰らったカービィは必死にスライム爆弾を剥がそうとするが、それはどんどん粘度をまして凝固していくので、剥がそうとすればするほど、顔面にべったりとくっついてしまう。カービィは怒りに任せて右手をブンッと振った。その衝撃で、国境壁の縁の石がガシャっと崩れる。

「コピー発動:《ファイター》!」

13:プランB

嫌な予感がする、とノンはつぶやいた。ノン、シディ、ユズハの三人は、エレベーターから降りて通路を歩いていた。目の前に、明るく光るトンネルの出口が見える。ものすごい向かい風が吹き込んでくるので、歩くのも大変だ。足をとられそうになる。

「あのっ、あれを出ると、もしかして壁の外なんですか?」

シディはおそるおそる尋ねる。

「そう」
「ひぃぃ僕高いとこ苦手なんですよぉ・・・」

ついに通路の出口までたどり着いた。出ると、そこは小さなバルコニーのようになっており、大きなカゴが置いてあった。ぱぁっと一気に視界がひらける。目の前に広がったのは、濃紺の夜空と、またたく星たち。月の光に照らされた広大な荒野・・・。《イヴリィカーニー》の外側、シディ達も長い旅をしてきた荒野エリア《トラットダスト》の絶景だ。シディは思わず感嘆の息を漏らす。が、うっかりバルコニーの下を見てしまった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」

コォォォォ、何かの生き物の鳴き声にも聞こえる、不思議な風の音が鳴り響いている。断崖絶壁。壁のふもとは霞んで見えない。これが、《国境壁》の上!シディは腰を抜かした。

「おいおい、なんで居ないんだ!」
「どこ行っちゃったのかしら?!」

カゴの中には、乗っていたはずのカットとチャタが居ない。ユズハはバルコニーの縁にひょいっと乗っかり、壁の上をキョロキョロと見回している。

「ああぁあ、おち、落ちますよ、そんなとこにうわわわ」

シディはユズハがバルコニーの縁から転げ落ちないか心配になってハラハラしている。

「これはもう乱闘が始まってるということかしら?」
「はぁ…あいつら、作戦はどうしたんだよ!」

ノンは頭を抱えるが、ぶるぶると頭を振った。

「プランBだ、ユズハさん」
「そうね」
「うっひゃっひゃっひゃー!!!!!!!!!」

ゴスン!!!!

突然、バルコニーにカービィが”落ちて”きた。
衝撃が走り、バルコニーの縁の石がパラパラと崩れる音がする。

「ひっ」

シディは思わず壁にすがりつくが、バルコニーが崩れ落ちる様子はない。

「おい、カット!どういうことだ?!」
「ごめん!クシャミでバレた!」
「……は?」
「今、強そうな《ファイター》持ちの奴がチャタを追ってる!もうひとり、マキシムトマトでおびきよせたやつは今おいらが気絶させた!ちなみにおいらは今、怪盗バットくんってことになってる!カゴの存在はまだバレてない!」
「よくわからないが、うん、わかった!」

ノンは大声で叫ぶと、バルコニーから飛び上がり、ひょいひょいと壁を登っていく。

「チャタは私がなんとかする。先にエレベーターで向かって!」
「了解よ〜!」
「うわわわまたそんな危ない!おち、落ちますよ!」
「うひょー!きみがシディか!高いところコエーのか?」
「そうなんです」
「おしゃべりは、あと、あとよ〜!」

ユズハはパンパンと手を鳴らす。

「作戦はプランBに変更!いまから、ノンちゃんがチャタちゃんと合流してる隙に、あの警備隊のエレベーターに乗るわよ!」

ユズハはそう言ってビシっと、目の前にそびえ立つ壁の、右ななめ上方を指した。そこには確かに小窓のようなものがあって、侵入できそうではあるが。

「えっと、どうやって行くんでしょう?」
「そりゃ、登るのよ!」
「登る・・・?どこを・・・」
「この壁を!」
「いや・・・あはは、足場とか、無いですけど・・・?」
「見なさい!!!!」

そう言ってユズハは壁にびっしりと張り付いている蔦を指した。

「ツタにしがみつくのよ!!!!!!!!!!行くわよ〜!」

ユズハはシディを無視して、意気揚々と蔦に掴まった。

「ちょ、、ちょっとまってくださ・・・」
「い、く、わ、よ♡」

ユズハはにっこりと笑顔でシディを見つめている。その顔には、有無を言わさぬ凄みがあった・・・

「はい・・・」

シディの目から光が消えている。喉がカラカラなので無理にごくりと唾を飲み込むと、シディは深呼吸をして、蔦をわしっと掴んだ。思いの外、蔦は太く、がっしりと壁に貼り付いているので、剥がれそうに無い。

「しゅっぱーつ!」

14:応戦

「たあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

ズガガガガ、次々と繰り出される打撃に、チャタは追いつかれそうになっていた。

「はぁ、、、はぁ、、《ファイター》コピーとか、反則!」
「あまり警備隊を舐めない方が良いぞ!」

ドスッ、鈍い音がする。

「あああああっ!!!」

背中に一撃を喰らい、チャタはすごい勢いで前に転んでしまった。

「ったく、やっと当たった!逃げ足の早いやつ」
「……う、ぐ」
「おとなしく同行してもらうぞ!ってかその前にこのスライム取れや!!!何も見えん!」

カービィはがしっとチャタの頭をつかむ。

「もぉ!もっと丁重に扱いなさいよぉっ」
「ガタガタ言わず……ん?」

カービィはチャタの頭を掴んで持ち上げているいるはずだったが、おかしい、軽すぎる。
と、その途端背後から声がした。

「へっへっへ!かわりみの術、ってやつ♪」
「くそッ」

カービィは慌てて振り返るが、遅かった。

「やぁぁぁー!!!!!!!!!」

チャタは思い切り足を蹴り上げ、警備隊カービィを宙に浮かせる。
そのままカービィは勢い良く落下し、床に叩きつけられた。

「ケホッ」
「よっしゃ!!!ごめんね!戦うつもりはないのよ!バイバイ~!」

チャタは警備隊カービィを背に、ものすごい勢いで道を引き返し始める。

「そのまま帰れると…思ってんのか」

カービィはゆっくりと立ち上がる。その身体に付着した瓦礫や砂がパラパラと落ちる。次の瞬間、パッと姿を消し、チャタのすぐ後ろまで追いついた!

「え」
「喰らえ!」

カービィが強烈なアッパーを繰り出す。

「《キョウ式・燕受けガード》!!!!!!」

と、それを受け止めたのは合流してきたノンだった。

「っく…また違う輩が出てやがった!」
「チャタ!プランBだ!エレベーターへ!」
「りょうかいっ!」

15:エレベーター・ホールにて

一行はエレベーターホールに到着していた。

「いい?もう一度言うわよ!ノンちゃんがカゴの回収に成功したら、途中でこのエレベーターから飛び移る!失敗しそうだったら、待機して一緒にエレベーターで下降よ!」

ユズハは捲したてる。

「あの…意味がわがりません!」

シディは恐怖で叫んでいる。

「だから、ノンちゃんチャタちゃんが監視の目を惹きつけてくれている間に…」
「さっきのカゴ?!で脱出?!ってどういうことですかあ?!」
「何だよ!落ち着けって〜うひょっひょ」
「あーもう、カゴの秘密は、すぐに分かるから!とにかく頑張ってついてきてね!」

目の前のエレベーターの現在位置表示を見ると、フロア100。シディたちがいるフロア200まで、着々とエレベーターが近づいて来ている。

「ぐすん、これ、誰か乗ってますよね?」
「もちろんよ!」

チーン!
エレベーターのドアが開く。

「全く、あのふたりは、いつまでサボるつもりなんでしょうか…全然帰ってこないですね、もう!」

メガネをかけた警備隊カービィが、ぷんぷんと怒りながら、慌てたようすでエレベーターから降りて来た。シディ達はというと、エレベーター扉のすぐ上の壁に張り付いている。

(乗り込むわよ!)

メガネのカービィが《国境壁》の屋上へと繋がる階段を登り始めたのを見届け、ユズハ、カット、シディはエレベーターへと転がり込む。

「よいしょっ!」

パリーン!!!!

乗り込むと同時に、カットが何かを破壊した。

「ええええ?!何壊したんですか?!」
「《監視鏡》っていってね」

カットは床に散らばった鏡の破片の一つを拾うと、ヒラヒラとシディに見せた。

「これと、対いになる鏡とお互いに像が覗ける不思議な鏡!脱出中を監視されちゃまずいからね〜ウヒャヒャ」
「うぅ…王国警備隊の器物破損に、不法侵入…僕もついに、犯罪に加担してしまいました…」
「へ?君もう犯罪者じゃないの!何いってんだ?!」

ぎゃははは、とカットは大声で笑いながらエレベーターの扉を閉めると、フロア50と書かれたボタンを押した。

「わたしたちもね、そうなの。みんな追われる身なのよ」
「同じ身分同士、仲良くしようぜ〜!うひゃひゃひゃ」

16:降下せよ

チャタは先程まで居たバルコニーに戻り、カゴに乗り込んで何やら準備を進めている。

「ここをこうして、こうしてっと。よし!できた!いつでも出れるよ〜!」

その声を聞いた壁の上のノンは、勢い良く上へ飛び上がり、宙返りをして《国境壁》の外へとダイブした。

「んな?!」

目の前から消えた気配に、ファイター持ちのカービィは身構える。

バサッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

その時、《国境壁》の外側から、ふわりとグライダーのような乗り物が現れた。
青い、大きな翼の形をしたカイトがくくりつけられたカゴには、チャタが乗り込んでいる。

「いっくぜー!出動!乗り込めぇぇぇ〜〜〜〜〜!!!!」

チャタはキャッキャと楽しそうに叫ぶ。ぼふっ、ノンはうまくカイトの上に着地すると、すかさずカゴの中へと滑り込んだ。その重さにグライダーが少し揺らぐが、また持ち直す。

「くっそぉぉぉぉ!」

ファイターカービィは目潰しスライム爆弾のせいで何も見えないが、所構わず声のする方へ、ジャブを繰り出す。

「うわっ、当たる当たる!急いで!」
「わかったからちょっと、静かに!」

わーわー言いながらノンはグライダーの操縦をはじめ、一気に下降をはじめた。

「お?!もう出発か?!」

どこからか声が聞こえてきた。先ほどまでグライダーを待機させていたバルコニーから、ようやく追いついたブロウが顔を覗かせている。

「お〜〜〜〜〜〜い、待て待てー!!!俺も回収してくれ〜!!!!!」
「うぐぐぐぐ、風が強すぎる!!!!団長、悪いけど壁側に寄れないから!自力でよろしく!」

ノンは思い切り叫ぶ。

「うっそぉん」

ブロウは通路の奥へと走り込むと、助走をはじめた。

「うおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおら!!!!!!!!!」

ターン!!!バルコニーの縁を思い切り飛び出す!と、その時、風に煽られてグライダーがぐらりと揺らぐ。

「あ、やべ、届かないかも」
「ブロウ!!!!!つかまって〜〜〜〜〜〜!!!」

カゴの下側に取り付けられた足場から、チャタは手を伸ばす。

「おおおぉお」

パシッ!

奇跡的に届いた!グライダーはその重さで、またぐん、と大きく沈む。

「思ったより追手の処理に手間取っちまった」
「他のメンバー回収、いそげっ!」

グライダーは《国境壁》に沿って大きく旋回しながら、下降している。

17:ダイビング・ポイント

「来たわ!」

ユズハはエレベーターの窓から、ものすごい勢いで下降してくるグライダーを見つけて声をあげる。

「うひょ!ちょっと早すぎない?!通り過ぎちゃうよぉ!」
「う〜ん、あのグライダーは落ちるばっかりだからね〜、そだ、ここから飛びましょう!」
「ぇえええええええええええ?!」

カットは思い切りジャンプすると、ガコッとエレベーターの天井の一部を外した。

「ここから上に上がれるぜ〜!」

エレベーターも下降を続けている。エレベーターのカゴの上に登ると、大量なワイヤーと滑車が取り付けられていて、ゴロゴロと音を立てている。ときどき壁の外が見える大きな窓が空いているのだが、ガラスや柵などは何もない。直接外へ出られるので、落ちたら大変だ。

「タイミングを見て、この大きな窓からダイブするわよ!」

シディは絶句した。

「ノンちゃ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!!!!もうちょっと寄れないかしら?!」

ユズハは大声で叫ぶ。

「やってみる!」

風に紛れてノンの声が響く。

「3」

ユズハは下方に見える大窓の位置を確認しながら、カウントダウンを開始した。

「2」

「え?ちょ、え、もう飛ぶんですか?」

「1」

カットとユズハが、あたふたしているシディのバンダナを、がしっと掴んだ。

「えっ」

「「「いけー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」

ザンッ、

エレベーターの轟音がパッと消え、無音になる。
ユズハとカットが、シディを引きずり出すように思い切り窓から壁の外へ飛び出した!

そこからはもう、スローモーションのごとく全てのものがゆっくりに見えた。足元にひろがる、絶景。ゆっくりと目の前を下降するグライダー。そのカゴの中から、ノンが何か叫んでいる顔がみえる。カゴの下には足場が下がっており、そこにチャタとブロウが無理のある体勢でぶらさがっている。皆、口を大きく開けてこっちをみていた。

ズドン!!!!!!!!!!!!!!

次の瞬間、シディはカゴの中にいた。

「わあああああああああああ!!!!」

グライダーは勢い良く沈み、傾きかける!
ノンはグライダーの操縦バーを掴んでいるが、強風とカービィたちの体重でハンドルが取られる。慌ててカット、ユズハもそれに捕まる。

「何が起こって…」

シディはあっけにとられている。

「おまえ、も、手伝えよぉぉー!!!!!」
「わぁ!はい!」

シディも、だんごのように固まって必死にバーを掴むカービィたちに混ざる。グライダーはゆっくりと持ち直し、水平な位置に安定した。空はもう真っ暗だ。満天の星空に向かって、グライダーは勢いよく滑り出す。

16:撒かれたようですね

「撒かれたようですね」

後から来たメガネのカービィが駆けつけた時には、もう遅かった。双眼鏡を覗くと、すでに、グライダーは誰が乗っているか認識できないほど遠くへ離れてしまっている。

「交替の時間になっても戻って来ないと思ったら、何ですか、このザマは」

双眼鏡をはずし、眼鏡のカービィは冷たい声で責め立てた。隣りにいるファイター持ちのカービィは、顔全体にスライム爆弾をべったりつけながら不満そうだ。

「つい先刻、辺境部隊の連中から、《サイダー》付近で例の指名手配犯を逃したとの報告がされましたよ」
「!!!そいつがアレに乗ってるってか?」
「どう考えてもそうでしょう」
「あとの連中は一体誰だ・・・」
「はて、そこまでは分かりませんね」
「先輩〜〜〜〜!!」

そこへ、パタパタと後輩カービィが駆けつけて来た。

「怪盗バットから、取り返しましたっ!」

その手には、金色に光るラベルがついた、マキシムトマトが。瞳はキラキラと輝いている。ファイター持ちの先輩カービィは、はぁと深い溜め息をついた。

「阿呆。そりゃ偽モンだ。」

「ええっ?!ががーん!!!!!!!!!!」

「大変なことになりましたね。まず君たちの処分。それから何故か失くなっている《警報ベル》と、壊されたエレベーターの《監視鏡》の始末書も書かなくちゃですね」
「くそ…何者なんだ、あいつらは」
「腹を括ってください。上に報告しますからね」

三人のカービィ達は、パタパタと走ってエレベーターホールへと向かった。

17:シオン亭へようこそ

ドスン!!!!!!!!!!!

荒野を駆ける大きな2階建てのエアライドマシン《キャラバン》の上に、グライダーが勢い良く着地する。《キャラバン》は停まらずに、グライダーを乗せてなお、走り続けている。

「着地、成功だー!!うひょー!!!」
「おいお前らぁぁーー!もっとやさしく着地しろ!ルーフが凹むだろーが!!!」

運転席から、モックが叫ぶ。

「しょーがないでしょー!カービィが6体も乗ってるんだからっ!」
「はいはい。ひとまず、無事に全員合流!まずはグライダーを片付けるわよっ!」

あいあいさー!と、カービィ達は《キャラバン》の天板の上で、グライダーの片付けにとりかかった。

「シディくん」

ユズハは、まだ状況をつかめておらずにぼんやりとしているシディに向かって、そっと声をかけた。

「えっ、はい!」
「この《キャラバン》は今、イヴリィカーニーから遥か東へ、最初にたどり着く《泉(オアシス)》付近まで向かっているわ。そのあと、私たちの本拠地へ移動するの」
「あ、あの…」

シディは、少しずつ遠くなるイヴリィカーニーの国境壁を振り返りながら、不安げにつぶやく。

「僕…やっぱり、もう戻れないんですか」

ユズハはそれを見て、にっこりと笑った。

「いったん、状況を整理しましょ!中へ入って」


「ようこそ、《シオン亭》へ!」

シオン亭の中は、キャンピングカーとは思えないほど広く、過ごしやすそうだった。天板の扉の下は、ハンモックがたれ下がり、簡易的なベッドなどが備え付けられた寝床になっている。さらにそこから狭い階段を降りると、ソファやテーブル、本棚などがあるリビングルームのような部屋に出る。シオン亭はしばらく走った後、大きな木のふもとで停車した。6体のカービィ達は、のそのそとリビングルームに集合すると、テーブルを取り囲むように座る。

「ふわぁ…さてと。改めて自己紹介するか」

ブロウは、あくびをしながら、面倒臭そうに口を開く。

「来たな〜〜!懸賞金1000万!」

運転席からリビングに戻ってきたモックは、シディを見てすかさず口を開いた。

「こらこらぁ〜☆ そんな品のない呼び方ダメダメ〜〜!」

ユズハは分かりやすくプンプンと怒ってみせる。

「みんな揃ったわね。改めて紹介するわ」

シディは、ユズハの声かけに応じて、ソファの上にぴょんと立ち上がる。

「あの、初めまして。よく状況がつかめてないのですが…とにかく、助けてくれた…んですよね?ありがとうございます」

シディはぺこりと礼をする。

「みんな。こちらが、豪華システムキッチn…ごほん!シディくんよ」

ん?
今なにかよくわからない単語が混ざりました?
シディは慌ててユズハを振り返る。

「お前がレックスウィ・・・じゃなくて、シディか」
「ウァタルナ植物大百科全500巻初版…じゃなくてシディ、よろしくな」
「マキシムトマト食べ放題券、分からないことはなんでも聞いてな」
「……各々のいっせんまんゴルドに置き換えてますよね?」

てへへと、ユズハは舌を出して笑う。

「やっぱり敵なんですか?!」
「なんてね。冗談よ!わたし達は、シオン亭という名前で移動式食堂をやっています。」

シディはプルプルと震えている…。

「ええっと、食堂という体だけど、実際はあちこち冒険する名もなき旅団って感じね。シディくん、訳アリなのは君だけじゃないの。みんな事情があって、それぞれの目的を果たすための隠れ蓑。わたしは、食堂のマスター、兼、副団長のユズハ。」

右手を差し出すユズハ。シディは、おそるおそる握手をする。

「もしかして…匿ってくれるんですか」
「まあ流れでそうなっちゃったわね」
「王国には戻らない方がいい。どんなに大事な用事があろうとな」

ノンが横から口を挟む。

「いっせんまんGの指名手配なんて、こんな高額!初めてのことよ」
「そ、そーなんですか…」
「さーて、自己紹介の続き!はいっどうぞ!」
「俺は最初にこの食堂で匿ってもらった、ブロウだ。」

ブロウが立ち上がる。

「一応、団長ということになっている。あとは何だろな、普段はタズラっていう弦楽器を弾いたりして、のんびりしてるよ」

ノンが片手間で読んでいた分厚い本をパタンと閉じて立ち上がった。

「ノンだ。シオン亭のバーテンダーをやってる」

チャタは、先割れ帽子をふわふわ揺らしながら口を開く。

「チャタだよ〜!あたしはまぁ、ついてきて、たまたまここに居候してるんだけど」

モックはゴーグルの位置を少し直すと、えへん、と立ち上がった。

「モック!この《キャラバン》の整備や運転はだいたい俺!エアライドマシンのことなら…」
「はい、カットさんでーす!おいらも偶然居候してるよ〜!!楽しいことが好きだよぉー!」

カットはやや被せ気味にモックの自己紹介を遮った。おい遮るんじゃねえ!とモックはカットのヘッドホンを引っ張り、取っ組み合いが始まる。団員のカービィ達が一通り自己紹介を済ませたので、シディも口を開いた。

「僕はシディです。御存知の通り、お尋ね者です。なんで指名手配になったかは、正直、僕もよくわからなくて」

しーん、と、団員は静まり返った。

「いや〜お前、昨日から薄々思ってたんだが、悪いヤツって感じがまったくしないな」

モックはじろじろとシディの全身を見回している。

「ほんと何やったの?」
「えっと、順番に話すとですね」

「どーん!ユズハさんストーーーーップ☆」

そこで突然、両手を広げてユズハが話を遮った。

「シディくん、最初に伝えておきたいんだけど、ここでは最低限のルールがあります!」
「は、はあ」

「その1 あまり相手を詮索しすぎないこと!

 その2 あまり相手を信用しすぎないこと!

 その3 当番をきちんと守ること!」

以上!
ユズハは壁に貼ってある小さな貼り紙を差しながら言った。

「というわけで、シディくんの事情聞き出すのは禁止でーす!こまかいことは気にせずのびのびライフ。それがシオン亭のスタイルなのっ」

シディに興味津々だったモックやチャタは、ぶーぶーとささやかなブーイングをしている。

「もしかしたら、急にわたしの気が変わって、あなたを吊し上げて、王国警備隊に通報しちゃうかもしれないし」
「えっそうなんですか」

うっふふふふ、ユズハは面白そうに笑った。

「そういう可能性が絶対に無いなんて、言い切れないでしょう?」
「そしたら、僕、もう一巻の終わりですね」

あはは、とシディは誤魔化し笑いをする。

「ま、仲良くやろーぜ!よろしくな」

モックはぴょんと立ち上がり、シディに握手を求めた。

「あ…よろしくお願いします」

シディも手を握り返す。優しい人たちみたいで、良かった…。

「さ、営業開始よ」

ユズハの掛け声に、一同は各々の返事をしてせかせかと動きはじめた。
シディは特に何をしていいかわからず、シオン亭の窓を開ける。冷えた風が流れ込み、頬を撫でる。

「シディ!買い出しいくから付き合えー!」

団員たちが外から呼んでいる。シディはそっと窓をしめると、急いでシオン亭の外へ駆け出した。

– epilogue – コード:グリーン

「彼には説明責任がある。一度強制送還せねばならないと思いますが」
「まぁ、そう、急くな」

ふたりのカービィが長い長いテーブルの端と端に座り、静かに会話をしている。だだっ広い広間で、天井も高く、床は鏡のように磨かれて冷たく反射している。無機質な空間だ。

「…どーしちゃったんでしょーか?」
「焦ることでもない。《星追い》の手に渡らなければ良い話だ。《サルベイジャー》を派遣せよ。標的は、個体(GREEN)」
「現時刻をもって、作戦コード名:グリーンを開始」
「人手不足だっていうのに…」
愚痴をこぼしながら、指示を聞いていたカービィはスッと姿を消した。

<完>

17/7/17 初稿
21/5/30 改稿

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