0:裏路地にて
(なんで、なんで僕はいっつもこう、運が悪いんだ)
黄緑色のカービィ、シディは、人生最大の危機に直面していた。恐ろしくて、声も出ない。さきほどから、左頬にはひんやりと硬い感触がある・・・ナイフを、突き付けられているのだ。少しでも動いたら、すぐに『行動不能状態』だ。最悪のイメージが頭に浮かぶが、必死でそれをかき消す。
「こいつを巻き込みたくなかったら大人しく引きたまえ」
そう言ってシディの背後に立つのは、ゴーグルを付けた、素性のわからない灰色のカービィだ。ナイフを握りなおし、シディのバンダナを掴む手に、いっそう力を込める。
(・・・・・・!!)
声にならない声を飲み込みながら、シディはパニック状態の頭の中をなんとか整理しようと試みている。時刻は午前4:00、まだ日は昇っていない。ここは、商店街の裏路地。辺りはひっそりと静まり返っており、狭い道を木箱やダンボール箱が埋め尽くしている。
「おいおいマジかよ」
シディと彼を捕らえる灰色カービィに正対するかたちで、二体のカービィが立っている。沈黙を破って口を開いたのは、フードを深くかぶったカービィだ。悪戯っぽい笑みをうかべている。そのとなりに立つのは、大きなジャンパーを着て、おかしな帽子を被っている、目つきの悪いカービィだ。先ほどから、無表情で巨大なブーメラン状の刃物をこちらに向けている。
「悪いが俺たちは目的の為なら手段を選ばなない。そんなことをしても無意味だ」
(あぇぇぇ?!それってつまり僕、犠牲になるってことですかね?!)
「チッ…」
背後で灰色カービィが小さく舌打ちをした。
(いやいやいやいや、僕どうなるの?!ねえ!!!!!)
「なぁなぁ~、ここは平和的に解決しようぜ?な?」
フードのカービィが軽い口調で灰色カービィを諭す。変な帽子のカービィは刃物を突きつけたまま、じりじりとこちらへにじり寄ってくる。それに伴い、灰色カービィもシディを掴みながらゆっくりと後ずさる。シディは、だんだんテンションがおかしくなってきた。変な笑いがこみ上げる。
(あはは…えっと~~~そもそも、どうしてこんなことになったんですっけ?)
心の中で、誰にともなくそうたずねると、目の前の現実から逃避するために、シディはそっと目を閉じた。
1:ミスティグローにて
時は少し遡る。
「それじゃ、行ってきます!」
季節は、まだ風の心地よい初夏だ。朝日を受け、シディは、大きなトラック型の運搬用エアライドマシン《カーゴ》の荷台に乗っていた。シディの周りには、焼印が押されナンバリングしてある木箱が、いくつも重ねて積まれている。
「気をつけるんだよ〜!」
農場にはたくさんのカービィやワドルディ、ワドルドゥたちが《カーゴ》を見送り出てきていた。彼らの背後には、大きな風車がそびえ立っている。ここ、農業地帯「ミスティグロー」の名物、風車塔である。このあたりでは一番大きい。シディが手を降っていると、急に《カーゴ》が動き出した。
「それじゃ、ま、二カ月後には帰れるとおもいますンデ!」
《カーゴ》の運転席から麦わら帽子をかぶった大柄なワドルドゥが、大勢のファーマー達に向かって叫んだ。
「ル・タータ、運転頑張れよー!」
「任せテクダサイ!」
ブロロロロ…《カーゴ》は、農場を後にした。
「いや~、我が農場ながら、いつ見ても壮観ですな~」
シディは、しばらく広大な農場の景色を見つめ、ほうと息を漏らすと、荷台から窓を通って助手席に転がりこんだ。
「そうダナ」
ガタガタと、舗装されていない畦道をしばらく走ると、大きなアーチ状の看板が見えてきた。《ベジタブルバレー》と、大きく書かれている。
「ま、何もないけどさ、僕は永遠にこの土地に骨をうずめたいですよ」
「わはは!やはり野望がナイな、オマエは」
タータは豪快に笑う。
「いいじゃないですか、カービィたるもの、幸せな食生活さえあればそれでいいのです!」
シディはぐっと右手でガッツポーズをした。
「んじゃ、さっそくお弁当~」
「な?!さっき食べたデショウ?!カービィは、なんデこう、食欲のメーターが振り切っテイルノカ…今回は特別開催の《収穫祭》デスヨ!」
「まあまあ、いいじゃないですか」
そう言ってシディは一口で特大おむすびを頬張る。
「シディ、君ももうすぐ《ベジタブルバレー》の経営者なのデアッテ・・・」
「あーあーあ、はいはい、分かってますって!《収穫祭》の大切さくらい!」
もぐもぐと咀嚼しながら、シディは車の天井のポケットから大判の地図を取り出した。
広げると、イヴリィカーニーという文字に、大きく○印がつけてあるのが見える。
「初めて行くなぁ、こんな大きな国」
「すごい国ダヨ、イヴリィカーニーは・・・」
「金貨のプールがあるってほんとう?!」
「それは都市伝説」
「じゃあ、マキシムトマトの雨が降るってのは?!」
「ドンナ夢の国ダそれは」
旅はまだ始まったばかりだ。シディは振り返り、荷台に積んである自慢のトマトや、りんごや、あらゆる農作物の木箱を満足げに眺める。
ミスティグローが農民の土地と呼ばれるゆえんは、その多様な気候と豊かな土壌にある。
一方、今シディ達が向かっているのは商人の国、イヴリィカーニーだ。広大な荒野地帯、トラットダストの中心に忽然と現れた巨大な泉の上に発達した王政国家である。流通の拠点となっているイヴリィカーニーには、金銀鉱石、食物、書物、嗜好品・・・世界中から、あらゆるジャンルの商品が集結する。そんな巨大商業国家が5年に一度開催する一大イベントが、農家たちが集い、その作物のクオリティを競う《収穫祭》なのだ。しかし、前回は昨年度に開催されたばかりで、今年は特例の開催となる。しかもかなり規模が大きい。シディ達の住むミスティグローを遥か南西へ、イヴリィカーニーへ至るまでは、片道6日間ほどかけて荒野を横断する長旅だ。
「《収穫祭》ねぇ…こんなに何回もやる必要ないのにさ。」
ふわあ、とあくびをするシディを横目にル・タータはため息を漏らす。
「まったく、気楽なものダナ…農場の為にはチャンスが増えるのは良いことダロウ」
「ウチは平和主義ですから」
2:特級★★★
「スターランク、《特級★★★》ィィィ~~~~~~!!!!!」
カランカランカラン!けたたましくハンドベルが鳴り響く。
おぉぉっ!!!あたりがどよめく。
「…へ?」
ここはイヴリィカーニーの巨大フードマーケットの入り口、《収穫祭》の出品者受付窓口だ。
「ウチが特級ミツボシ?!ちょっと、間違いじゃないですか?!」
シディは慌てて受付のカービィに詰め寄る。
「いやぁ、おめでとさん!というわけで、出品場所はこのS地区だよっ!ブースはぜんぶで3ブースあげるからバーンと出しちゃって!」
カービィは威勢よく、高く積み上げられた書類に次々とスタンプを押していく。
「ちょっちょっと、ウチは毎年よくて《★★》農家ですよ?!」
ばたばたと、シディは慌てて目の前に積み上がった書類のうち一枚をめくる。
『スターランク:特級★★★』
自分の名前の上に、三つの星型をあしらった派手なスタンプがしっかりと押されてしまっている。この星は、農家のランクを表すものだ。《特級★★★》と言ったら、最高級ランクの農家に与えられる称号である。
書類から目を離さずに、受付のカービィは声のトーンを落としてたずねる。
「今年は特にひどいね。不作なのよ。まともなのが全然ない」
「そうなんですか」
そういえば、とシディは思い返す。ここ5年くらいで、どこの国も作物の取れ高がゆったりと下り坂を描いているそうだ。
「だから全体的に基準を下げてるってワケ。下克上のチャンスだな」
受付のカービィは品の無い笑い声をあげながら、やけに豪華な刺繍が入った金縁の紋章をふたつ、投げてよこした。シディは慌ててそれを受け取り、腑に落ちないまま、おずおずと紋章を頭のバンダナにつける。出品手続きをしてランクをもらった農家は、《収穫祭》の間それが身分証明書の代わりになるので、装着を義務付けられているのだ。書類を引き取り振り返ると、受付で順番待ちをしているカービィたちの視線が突き刺さった。ベジタブルバレーの新人経営者としての初仕事に、この紋章はあまりに重すぎる。とたんに居心地が悪くなって、シディは足早に受付小屋を出た。
「ル・タータ、大変です」
ガチャ、と宿屋のドアを開けたシディの顔は、げっそりしている。ル・タータは、のんびりとソファでくつろいでいるところだった。
「どうしたんダ、慌テテ」
シディの頭に輝く紋章を見つけると、たちまちル・タータの顔色が変わった。
「と…特級?!?!?!」
どひゃぁ、ル・タータはひっくり返る。
「わぁぁ、大丈夫ですか」
「だ、大丈夫ダ…こりゃびっくりしタナ」
シディはもう一枚の紋章をル・タータに差し出す。
「はい、これ。つけてください」
「俺も初めテだな、この紋章つけるのは」
ル・タータは紋章をさげると、居心地悪そうに身じろぎした。
「何ト言うか…複雑ダナ、きっとこれは正当な評価デハ無いはずダカラ」
「それはさておき、出品するもの、足りますかね…」
シディは先ほどもらった書類のうち一枚を手にとって見せる。そこには、出品場所の地図が書き込まれていた。
「広い」
「そうなんです、広いんです」
「ウチみたいな少人数経営の手作り農家が出すような規模じゃないダロウ」
ル・タータはしばらく頭を抱えて、パッと顔をあげた。
「みんなニ連絡ダナ」
「まさか、また取りに帰るんですか?!」
「会期まであと1週間ある。往復デ2週間ほどかかるが…途中からデモ、商品は多いほうがいいダロ。今年は早めに出テ来テ良かっタナ」
というわけで、とタータは付け加える。
「準備は頼んだ」
「うっ…」
「シディ、明日は早いうちに《収穫祭》特設の派遣センターへ行っテ手伝いを見繕っテモラッタほうがいい」
「そうします~…うぅ」
シディは今から始まる怒涛の《収穫祭》準備を前に、へなへなと崩れ落ちた。
翌日の早朝、ル・タータはイヴリィカーニーを旅立った。
3:完全に迷子
シディはひとり、大きな地図を広げながら、大きな水路沿いを延々と歩き続けている。いろいろなところに寄り道しながら歩いたせいで、時刻はすでに21時をまわっている。ここはイヴリィカーニーの中心街《オブザ》、あたりはグレーの煉瓦造りの街並みで、シディ達が宿泊していた街とはだいぶ趣も違う。周りを見渡すと、本屋や用品店、図書館のような施設が立ち並んでおり、窓からは暖かいオレンジ色の光が漏れている。
「まいったなぁ。どうにかして、ひとを確保できたと思ったら、完全に迷子だ!これが都会ってやつですか」
ぼーっと立っていると、すぐ目の前の路地から黄色のカービィが歩いてきた。黒いニット帽をかぶり、片手には本を持っている。
「あの」
シディはおそるおそる声をかけたが、気づいてくれない。スタスタと目の前を通り過ぎていく。
「あっ、あのっ、ちょ、ちょっと待って、待ってください!っとぁぁあああああ?!?!?!」
「おぉぉ?!」
ぱしっ。危うく水路にダイブするところだったシディのバンダナを、黄色のカービィが掴む。
「ぎゃーありがとうございますすみませんすみません!」
ぺこぺこ平謝りするシディ。それをじっと見ていた黄色カービィの表情は、しだいに哀れみの表情にかわっていく。
「ってそんな目で見ないでください!」
「君さ、いかにも田舎者って感じだな」
「う、その通りなので何も言い返せませんが」
「《オブザ》のひとは水路に落ちたりしない。もしかして《サイダー》のひと?」
「《サイダー》?すみません、僕はミスティグローの生まれなのでこの国自体初めてなんです。農家で…《収穫祭》の準備で、おととい入国したばっかりで」
「ふーん」
黄色カービィは面白そうにニヤニヤしはじめた。
「な、なんです?」
「見ず知らずのひとに身の上をべらべら喋り始めるなんて、不用心だなと思って」
「えぇっと…あなた、悪いひとですか?」
あははは、と黄色カービィは吹き出した。
「かもな」
都会って怖いですねと、シディも愛想笑いをした。
「はじめまして、名乗り遅れました。僕はシディっていいます。実はこの宿に帰りたいんですけど、迷っちゃって」
シディがおもむろに地図を広げると、黄色カービィはひょこっと覗き込んだ。
「ん~、ずいぶん遠くまで来てんな」
「やはり、そうでしたか」
「あのな、まずこのイヴリィカーニーっていう国は放射状に都市が広がってて」
黄色カービィはどかっと道端に座り、シディが持っていた地図を地面に広げた。
「この真ん中のが《城》。ここを中心にして内側から外側へ、全部で4つ、環状の地区がある。城のすぐ周りは、大学や行政の施設や研究所やらが集まった街で、《オブザ》と言われている。その《オブザ》のさらに外側にあるのが、巨大なマーケットエリアの《マルシェ》。そのさらに外が、居住エリアの《アパルト》。」
黄色カービィは、地図の真ん中から外側へ、順に指しながら説明をしてくれた。
「で、イヴリィカーニーを囲む巨大な壁、《国境壁》ギリギリのエリアが《サイダー》だ。このへんは治安もあまり良くないから出入りしないほうがいい」
「わ…親切にありがとうございます」
「んで、その宿ってのがあるのは《アパルト》、ここは《オブザ》。しかもだいぶ北に来てるから、バスを使ったほうがいい。それか、ロープウェイ」
「ろーぷうぇい」
「東西南北に一本ずつ、四つの地区を結ぶロープウェイがある。幸運なことに、ここから10分くらいのところに乗り場があるな。はい、これ。いらないからやるよ」
黄色カービィは淡々と説明して手際よく3枚綴りのチケットをシディに渡す。
「えっと、これは」
「ロープウェイのチケットな」
黄色カービィは地図をたたむと立ち上がった。
「えぇっ?!いいんですか」
「いいよ、いらないし」
「うぉぉぉ涙で前が見え゛ま゛せ゛ん゛」
「んな大袈裟な…ほんじゃ」
「え、あの!」
シディは、立ち去ろうとした黄色カービィをあわてて呼び止める。
「本当にありがとうございます!あの、お名前は…」
「見ず知らずの人に名前晒すほど不用心じゃないんで」
黄色カービィはハハハと小さく笑って、すたすたと歩き始めてしまった。ぽつんと取り残され、小さくなっていく背中に手をふりながら、つかみ所のないひとだ、とシディは思った。
4:トラブル
深夜を過ぎた。シディは無事に宿に帰還…しているはずだったが、まだ街を歩いていた。もう半泣き状態である。
「はぁぁ」
ロープウェイに乗るところまではよかった。ちゃんと《アパルト》地区で降りようと思っていたはずなのだが。
「うっかり寝ちゃった…そして、駅名がわからないんだもの!!!」
カラフルなファサード、テント、積み重なった木箱。ここは、どう考えてもマーケット地区の《マルシェ》だろう。どの店ももう、閉まっている。このあたりは昼間は賑わっているが、夜はひっそりと静まり、外を出歩く者はいない。ひとびとは日中の仕事を終えると、ベッドタウンである《アパルト》地区に帰っていく。住む場所ではないのだ。シディは仕方なく裏路地に入って、そこに置いてある木箱の上に座った。ジメジメしていて、暗い。
「とりあえず、どこか灯りのついたお店をみつけて、一晩置いてもらうしか」
その時だった。シディの目の端に、何か光るものがうつる。ん?と、顔を横に向けると、ひとり、灰色のカービィがこちらへ向かってすごい勢いで走ってくる。
「うわわ!」
シディは慌ててぶつかる寸前のところで足を止めようとしたが、遅かった。ドスン、とぶつかって、転んでしまった。
「す、すみません、!あの、大丈夫でしょうか…っと」
声をかける間もなく、灰色のカービィは一目散に、裏路地の奥へと走って行ってしまった。つづいて、それを追いかけるように、上から誰かの声が降ってきた。何を言っているかわからないが、ひどく、低い声だ。怖くなってシディは、とっさに木箱の裏に隠れてしまった。
「ざんねーん」
もうひとり、カラッとした高い声が聞こえる。
「そっちは行き止まり!」
ガシャーーーーン!!!!!
「ひっ?!?!?!」
突然、ものすごい轟音とともに、土ボコリが舞う。ただならぬ雰囲気だ・・・
「馬鹿!!暴れんな!」
「はいはいはい、ごめんなさい」
低い声と、高い声が会話している。
「でも、ほら!みっけた」
「チッ」
シディはこっそり、木箱の影から様子を伺う。そこにいたのは三体のカービィ。ひとりは、先ほどシディとぶつかった灰色のカービィである。ゴーグルをして、何やら角ばった帽子をかぶっている。表情は見えないが、顔に怪我をしているようだ。そのカービィを追い詰めているのが、調子のいい高い声のカービィ。深くフードをかぶっている。そのとなりにいるカービィが、低い声の主。おかしな帽子をかぶり、大きな刃物を持っている。どうみても物騒である。
(なななんで隠れちゃったんだろう?!?!)
シディは、動くに動けなくなってしまった。元いた大通りに出るには、この三体のカービィの前を堂々と通らなくてはいけないのだ。
まだ何やら争い合っているようだ。今飛び出したら、巻き込まれかねない。シディはただ息を殺して、じっとしていることしかできなかった。
「あのな、お前の持ってる“それ”について、おおかた、調べはついてんの。“それ”が何に使うものなのか、何を目的に作られたものなのかも、全部な」
フードのカービィは、ふふっと笑いながら話を続ける。
「何も金目的じゃねーから。俺らの目的は■■■■■■■の…「それ以上喋るな!!!!!」
フードのカービィの声にかぶせ、灰色カービィは声を荒げる。
「なにを焦ってんだ?誰も聞いちゃいねーよ」
ぎゃっはっは、とフードのカービィは大声で笑う。
いや、思いっきり聞いてしまった一般ぴーぽーがここにいます!不可抗力!とシディは心の中で叫んだ。
どうやら、このひとたちは「聞かれてはマズイこと」について言い合ってるみたいだ…もう、遅い。シディは聞いてしまった。さきほど、フードのカービィが放った一言を。よく分からなかったが、とにかく嫌な予感がする。血の気が引く。逃げなくちゃ、と咄嗟に思う。しかし、足が震えて動かない。フードのカービィは、通りすがりの弱気なカービィがすぐ近くに居ることを知ってか知らずか、ペラペラと話をつづける。これ以上聞いたら本当にマズい。シディは震える足をおさえながら、慌てて、木箱から飛び出した。
と、その時。
目が合ってしまったのだ。
灰色のカービィの、ゴーグルの奥に光る瞳と、バッチリ視線を合わせてしまった。
5:ふたたび、裏路地にて
…そうして、時は現在に戻る。
「無理だ。そんな交渉は成立し得ないのだ。却下する」
シディは、ハッと我にかえり、目を開く。
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「ちょっとちょっと、ほんと困るわ〜!穏便にいこうぜ?!一歩外に出りゃ警備隊の目も届いてるんだから」
フードのカービィが笑いながら喋っている途中で突然、灰色カービィは右手のナイフを捨てて何かに持ち替えた。フードのカービィの顔色がかわる。
「あ?!?!」
「不本意だが」
シディの身体中を悪寒が襲う。咄嗟に、灰色カービィが鷲掴みにしているバンダナを脱ぎ、逃げようと走り出した。
「………………ッ?!?!?!」
しかし、遅い。灰色カービィはすごい勢いでタックルしてきた。目を瞑ると、銀色に光る金属の立方体をシディの頭部に押し付けた。キィィィィィィ!という甲高い音と共に、まばゆい光があたりを包む。すかさずふたりのカービィはその場に伏せた。シディの頭に、ゴン、と、とてつもなく重い衝撃がのしかかったかと思うと、次の瞬間、激痛が走った。
「うあ、あああああああああああああああああ!!!!!!」
初めての感触だった。自分がどうなっているのか、よくわからない。
(僕、野菜を…届けに来ただけなのになぁ)
突如として頭の中にフラッシュバックするのは、ミスティグローの長閑なトマト畑の風景だ。
(どうしてこんな…こん…な…)
ドサ、と重々しい音を立ててシディはその場に崩れ落ちた。あたりを包んでいた閃光は、スッと消える。変な帽子のカービィは慌てて飛び上がり辺りを見回すが、先ほどまでそこにいた灰色カービィは忽然と姿を消していた。
「ひっひっひ…おいおいおいおい、使いやがった!」
地面に伏せていたフードのカービィは、引き攣り気味に笑いながらヨロヨロと立ち上がる。もろに閃光を直視してしまったせいなのか、目が開いていない。
「待てよ!!!!!!!せめてこいつの扱い方を教えてから去れりやがれ!!!!!」
目をつむったまま、空に向かって叫ぶ。
「なぜこんな回りくどいことをする?通りすがりのコイツを巻き込んで…」
変な帽子のカービィの表情は、固いままだ。闇に紛れた眼の奥は鈍く赤く光りながら、シディを写している。煉瓦造りの道に横たわるシディの黄緑色のボディには、目をこらすと、何やら黒い幾何学模様が焼き付けられているようだ。辺りは、焦げ臭さと金属臭が入り混じったような不快な匂いが充満している。
「これが」
変な帽子のカービィは一切瞬きをせず、
「《チェッカーコード》」
低い声でそう呟くと、ゆっくり、ゆっくり、一歩ずつシディに近づき、大きな刃物を持って振りかぶった。
「うお!ちょ、待て!!!!タズー!!!」
フードのカービィは、すかさずその手を止める。
「落ち着けって!よく考えろ、これはかなり面倒臭いことになってんだぞ」
タズーと呼ばれた変な帽子のカービィは静止するが、その瞳はまだシディを捉えたままだ。
「こいつに《コード》埋め込まれちまってるんだぞ!ここで倒しちゃったら…どうなるかわかんないだろ?!」
フードのカービィは捲したてる。タズーは、はぁ、と大きく息を吐くと、目を閉じて手を下ろした。
(チェッカー…コード?)
シディは呼吸を止めている。倒れているが、まだ意識を失っているわけではなかった。先ほどから理解できない言葉がつぎつぎと発せられているが、それらが不穏な響きを持っていることだけは分かる。
(逃げなくちゃいけない)
シディの頭の中で、けたたましく警報が鳴り響いている。
(逃げなくては!)
シディは傍に落ちていた自分のバンダナ手を突っ込み、何かを投げた!
パンッ!
クラッカーを鳴らしたような、安っぽい破裂音が響く。
「うそぉん?!?!?!」
不意を突かれ、向き合って口論していた二体のカービィがシディの方を振り向く。目の前には真っ白な煙がもくもくと立ち込めている。
「ぎゃっはっはっは!笑っちゃうね!これってまさか煙幕?!」
「チッ」
腹を抱えて笑うイルをよそに、タズーはふたたび刃物を振りかぶり、地面を蹴って走りだす。
「ぎゃっはっはっは!!!んにゃっはははははは」
「黙れ!私が仕留める…」
タズーは勢い良く刃物を投げた。コピー能力《カッター》だ。刃物はブーメランのように勢い良く、宙へすべりだす。その軌跡は斬撃となって、辺りに竜巻をおこす。ボコォン!ボコォン!裏通りに所狭しと置かれているダンボール箱や木箱は、大きな音を立てて大破した。あらゆるフルーツや野菜が破裂し、裏道をカラフルに染め上げる。白い煙幕はあっけなく消えてしまった。
「………」
ぱしっ。音もなく戻ってきたカッターを受け取る。静かになる大通り。見晴らしは良くなったが、シディの姿は見えない。
タズーの呼吸は荒い。瞳は赤く光っている。殺意ともとれるような、緊迫した空気を纏いながら、煙幕の捌けた路地を見つめる。
「まぁまぁ、タズー、仕留めるなんて縁起でもないことを言うなよ!警戒されちゃったじゃないの!はー、笑えるぜ」
イルは涙目をこすりながら、調子のいい声で喋り始める。
「お〜い、きみ!安心してくれたまえよっ!ごめんな!この怖いあんちゃんが睨むから」
がさ、がさ、と、音を立てて、山になったダンボール箱の屑がうごめいている。
そこだな!と、イルはにこにこ笑みを浮かべながら、音のする方へと一歩ずつ近づいていく。
「んんん?」
イルは笑顔のまま首をかしげ、バッとダンボール箱の残骸をひっくり返した。
「消えた」
タズーは鋭い目つきで辺りをぐるぐると見回したが、大きくため息をつくと、諦めたようにその場に座り込んで明るくなってきた空を見上げる。
「…あのカービィの気配が消えた」
イルは、張り付いたような満面の笑みを浮かべたまま、ゆっくりと後ろを振り返る。
「ははは、まさか?まさかのまさか?逃げられちゃったの?」
イルは大きく息を吸い込むと、腹をふくらませ、裏路地の奥へ向かってブゥッ!!!!!と吐き出した。山になっていたダンボール箱や木箱の破片が、一瞬にして宙へ巻き上がる。バサバサ!とカラスが飛び立つ。太陽の光が差し込み始めた裏路地にはもう、誰もいなかった。
「参っちゃうなァ~~~~~逃げたらマズんだよ逃げたら~~」
イルは相変わらずにっこりと笑っているが、その瞳から光は消えていた。次の瞬間、目にも留まらぬ速さでボコォン!とレンガの塀を破壊する。
「落ち着け・・・イル、夜明けだ」
「どこかなァ~~~~~~~~?!?!」
「イル!!!!」
「誰だよ!うるさいねぇ!」
ガラッ!音を立てて、建物の二階の窓が開く。顔を出したのは、起きたばかりなのか、パジャマ帽子を被った眠そうなカービィ。咄嗟にタズーはイルを掴み、音も立てず建物の隙間へと滑り込んだ。
「あーーー!!!店の塀が!!!!!破壊されてるっ!」
ドタドタと、建物の二階からカービィが降りてくる音がする。タズーはその音を聞くと、足早に建物の隙間の奥へと、進み始める。
「活動時間は終了だ、退くぞ」
「あぁああああああ、、、イライラする・・・」
立ち止まり、ごん、ごん、と建物の壁に頭を打ち付けるイルは、わなわなと震えながら狂ったように笑っている。
「とんでもないものが、世に放たれてしまった!!!!!!!!!!!!」
「うるさい…帰るぞ、どうせすぐに国からは出られないし、見つかるだろ…とりあえず今日は報告に」
タズーは極めて冷静に、呆れながらイルをつかむと、ズルズル引きずる。怪しげなふたりのカービィ達は建物と建物の隙間の闇へと消えていった。
夜明けだ。ざわざわと、木々が朝の風にそよぐ。遠くでは、ホルンが朝のメロディーを奏でている。静まり返っていた街は黄金色の朝日を受けて色づき始めた。商業の国イヴリィカーニーの朝はいつだって、正確にやってくるのだ。朝日に目を瞬かせながら、シディはへなへなと地面に座り込んだ。
「た、たすかった?」
シディは、煙幕を使った後、持てる限りの力を振り絞って、すぐ横のレンガ塀の裏に転がり込んだのだった。頬をかすめてレンガ塀が破壊されたときは、さすがに覚悟したが。
(なんで、見つからなかったんだ?)
腑に落ちないが、今はそんなことを気にしている場合ではない。奴らはまた、夕闇の街にあらわれるはずだ。
(何はともあれ、とりあえず宿へ戻らなくちゃ!どうするかはその後考えよう)
朝日がまぶしい。数時間ぶりに、深呼吸をする。
「さてと」
立ち上がって、身体中にくっついた土埃を払い、脱げたバンダナをかぶりなおすと、ぽんっと背中が叩かれた。
「んぎゃっ!?」
振り返ると、にっこりと笑みを浮かべたパジャマ姿のカービィ、片手にはぎらりと光る、フライ返しが握られている。
「この、ウチの塀こわしたのって、もしかして、あんた?」
「あーーっ?!?!ち、違いまーーーーーーーーす!!!!!誤解です!!!!!!!」
「あっ!!!逃げるなぁぁぁ!!!!!!!!」
「違うんですってばぁ!!!!!!」
「じゃぁなんで逃げるのさ!!!!!怪しすぎるっ!」
「ち~~~が~~~~~う~~~~!!!!」
かくして、少年シディの長い旅は、始まったのであった。
-つづく-