オニオンパレット

「おい…ル・タータ」
「なんダ」
「こんな小細工でほんとうにごまかせるのかぁ?!」
「知らん!出来るダケ時間稼ぎできたほうがいいダロウ!」

夜明け前。辺りはまだ薄暗い。あたり一面のトマト畑のど真ん中で、巨体のワドルドゥ、ル・タータとキャラメル色のカービィ、バーントが言い合いをしている。そのふたりの背後には、稚拙な装飾で「オニオンパレット」と描かれたアーチ状の看板が建っている。

「いいか、バーント、ここが、大農園《ベジタブルバレー》だという証拠は!今や!何一つ無いのダ!!」
「おおおぉぉ!」
「”シディ”なんて名前のカービィがここに居た証拠ナド、微塵もないのダ!」
「オイオイすげぇ自信だぜ!!確かに一晩でやったにしては良い出来だけど…」
「我々農協の結束力を舐めてもらっちゃ困る…すでに《ベジタブルバレー》に関する物的証拠はなにもないのダ…書類も…運搬用資材も全て燃やした!」

ル・タータは両手をばばーんと広げた。

「バ…バーニング!!!すげぇ行動力だぜ!」

バーントも同じ動作を繰り返す。

「それにしてもシディのやつ…《指名手配》だなんて、たまげたぜ…。どうしちゃったんだぜ、いったい」
「さぁな…きっとあいつの事だから、面倒事に巻き込まれたんダロ」
「そーだな…こっちはうまく誤魔化せばなんとかなるか!」
「さあて」

ヒォォォ、と高く風を切る音が聞こえる…遠くから、ものすごい勢いで迫ってくるエアライドマシンが二体。だんだんとその背後から太陽が上ってくるのがみえる。

「来たぞ、《王国警備隊》の連中ガ」
「ところでル・タータ、お前は一度、王国でシディと一緒にいるところを目撃されてるんだろ?ここにいて大丈夫なんだぜ?!」
「今から擬態する。心配するデナイ!」

ル・タータはどこからともなく群青色のカラースプレーを取り出し、掲げている。

「それに、ヤツらカービィ供に我々ワド種の見分けなどつかないからナ」

わっはっはと、ル・タータは豪快に笑った。

「うーん、だけどよぉ、ル・タータ…あいつらがワドルドゥだったらどうするんだぜ?」
「…」
「え…バレる?バレちゃうんだぜ?!」
「実はナ、バーント」
「な、なんだぜ?!」
「我々ワドルドゥも、厳密にはお互いの個体を見分けることナド出来ないのダ」
「そ、そうなのか?!」
「そうダ。その辺りの個の認識はぼんやりしていて、あまり重要ではないのダ」
「まー確かに…オレも同じカラーリングのすっぴんカービィ並べられたら正直見分けられるか自信ないぜ!」
「ナ?それにこんな田舎だとナ、みんな同じような格好してるダロウ」
「確かに!よっしゃ!!!警備隊でも王様でも、なんでもどーんと来い!だぜ!」

バーニング!と、バーントは拳を空に向かって突き上げた。


ところ変わって、王国《イヴリィカーニー》の裏路地。
これは、指名手配になってしまったシディがシオン亭のメンバーと出会う少し前の話である。

(ぼくが…何をしたって言うんだよ~)

とほほ…。シディは昨晩拾ったパンの余りをがしがし齧りながら、スラム街の裏路地をコソコソと歩いている。ふと足元を見ると、自分の顔のイラストがでかでかと印刷された「手配書」が落ちている。シディは現実から逃げてしまいたくて、思わず目を逸らす。

(何とか隠れるとして…問題は農園のみんな、なんだよなぁ)

ここ《イヴリィカーニー》が誇る、年に一度の《収穫祭》で農場のトマトを売るためにやってきたのに、指名手配になってしまうとは夢にも思わなかった。すでに、農園の名前は割れている。今後の収穫祭の売り上げにも、農園のブランドにも、支障が出る。ル・タータや、バーント、農園のみんなも、捕まってしまうかもしれない。これ以上、迷惑をかけるわけには……どうしたものか。シディは頭を抱えたままグルグルと考えていた。

(あーっ、ダメだ!何もいい考えが思いつかないよ……)

と、突然上の方から影が降りてきた。シディは慌てて身を隠す。

ドサッ。

「あにゃ~こっちのほうが近いと思ったんだけどナー」

裏路地に降り立ったのは小柄なワドルドゥだった。帽子をかぶり、大きく膨れ上がったポシェットを提げている 。世界中手紙を届けてまわる、《メイルマン》だ。ワドルドゥの足元を見ると、オリーブの葉が交差している素朴な紋が入った靴を履いていた。それはシディもよく知る紋である。

「タータ…」

シディは思わず呟く。
ワドルドゥはキョロキョロと周りを見渡している。

「んっ?ボクのこと誰か呼びましたナ?」
「やっぱり…このマーク、ル・タータも大切にしてたやつだ!」

シディは慌ててその辺りに落ちていた布切れを被ると、ひょこっと顔を覗かせる。

「おや、珍しいデスネ!このあたりで、タータの姓を知っている者がいるとは」

ワドルドゥは突然影から現れた不審なカービィに対して特に驚く様子もなく、嬉しそうにその眼をパチパチと瞬かせている。

「僕の親友なんです…ミスティグローの生まれで」
「あの辺りね!ボクは担当外ダケド」
「あの」

シディは、頭に巻いたバンダナから、一枚のメモと一本のペンを出すと何かを急いで書きなぐった。

「僕の大切な親友、ル・タータという農家のワドルドゥがミスティグローのどこかにいます。事情があって彼に会えなくて…」

声のトーンを落とし、早口でそう伝えると、静かに一枚のメモを差し出す。ワドルドゥはじっとそれを見つめると、こんどは顔を上げてシディの顔を見つめた。

「これは…」
「渡して欲しいんです。お願いします」

ワドルドゥはシディのまっすぐな目をみつめ、ふぅとため息をつく。

「カービィさん、ボクたちワド種に“ナマエ”が無いのはしってますかナ?」
「ええと…まぁ、なんとなく」
「仮の“ナマエ”を持っているヤツはたくさんいますが…我々のほとんどが、大きなカタマリで自分たちのことをニンシキしているのデス」
「ううん、ル・タータもそんなこと言ってましたね…」

未だによく分かってないけど…と、シディは言葉を濁す。

「ボクも “タータ”、あなたの探している彼も、“タータ”」
「はぁ…」
「同じようものデスナ」
「うん…ん?」
「みんなひとつずつ、ナマエを持っているあなたたちには、分かりませんかナ」
「うむむむ、む、難しいですね…」

シディの頭の上にはハテナマークがたくさん浮かんでいる。
小柄なワドルドゥは大きな瞳を閉じてわにゃ、と笑った。

「まあ、つまりですナ、その “タータ” が困っていたら、ボクも困っている!ということになるのデアリマス!」
「おぉ?!なんだか、急にシンプルになりました、ですな?!」

つられたのか、シディも変な語調で返してしまう。
小柄なワドルドゥ、“タータ”は、シディが差し出したままになっていたメモを、そっと受け取った。

「つまり…つまりは助けてくれるということですか?」

シディは “タータ” の手をぎゅっと握り、涙を浮かべた。

「恩に切ります。本当にありがとう…」
「ほんとは面倒ごとなんて御免なんですがね…ボクもいっぱしの《メイルマン》なのデアリマシテ…」

すべてのタータが同じように動くとは限らないのであります、と、タータは付け加えた。そこへ、突然遠くから怒号が聞こえてくる。追っ手が来たかもしれない。シディはゆっくりと走り出す。

「この恩は、また僕が タータに出会った時に返します。必ず!」
「そうしていただけると、タータはとても嬉しいのデアリマス!」
「それじゃ…気をつけて」

シディは名残惜しさを振り払うように、思い切り駆け出した。あなたも気をつけて、とタータの声が後ろのへ遠ざかる。そこからは、振り返らず、走って、走って、走り続けた。
一刻も早く国を出なくちゃ。遠くまで逃げよう!
イヴリィは広い。きっとどこかに、外へ通じる抜け道があるはずだ。

ル・タータ、農場のみんな…無事で居てくれ…

(ほんと、巻き込んでしまって、ごめんなさいいぃぃ!!)

fin.

-2017.12.10 初稿
-2021.5.30 改稿

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