エアライドマシンのすゝめ

「シディ起きたか?!」

ガラガラドッシャンという音ともにモックが寝室へ転がり込んできた。

「朝から騒々しいなぁ!!なによモック」

ソファでダラダラしていたチャタが煩そうに身を起こす。

「あ?お前は呼んでねーよ!シディ!長らく眠ってた中古のエアライドマシン改造して動くようになったから見てくれよー!!!」

ススだらけのモックの目はキラキラと輝いている。

「はぁ…」
「あんた嫌なら断りなよ?こいつエアライドマシン馬鹿だからこの調子で半日は拘束されるよ」
「うるせーよお前は!シディ、お前が使って良いからさ!」
「え?僕乗っていいんですか?」
「おう!」

時刻は正午。一同はこのあたりで割と大きな《キャンプ》付近にシオン亭を停めている。この日は食堂の休業日なので、《キャンプ》への買い出しやら、車内の整備やら、いろいろな雑務を手伝う日なのだが…シディはエアライドマシンの試運転に付き合うことになった。

「どーよ!中古で手に入れたライトスターを少し調整したぜ!」
「へえ…意外と乗り心地がいいですね…スイッチはコレですか?」
「は?スイッチ?」
「え?」

シディが振り返ると、モックが青ざめていた。

「お前…もしかしてエアライドマシン乗ったことねーの?」「乗せてもらったことはありますよ!収穫した作物を運ぶのに大きいエアライドマシンがあって…」

ヘラヘラと笑いながら喋っているシディに、モックは恐る恐る近づく。

「お前、ゆっくり、ゆっくりだぞ、そのマシンから降りろ…慌てるなよ」
「へ?何でです…」

シディは不思議そうに首を傾げた次の瞬間、ぐらりとライトスターが傾き、浮き上がった。

「どぅああああああああああ!!!!!」
「バカ!興奮するな!」

ギュぃぃぃん、ライトスターは激しく発光し、そのまま勢いよく滑り出す。

「ああああ待て待て待て待てェェェ」
「ぅぅ…スミマセン…」

プスプスと煙を吐き出すライトスターの前でシディが土下座している。背後に生える巨大な木にボコッと凹みができていることから察するに、衝突して停まったらしい。

「間に合わなかったか…」

ウィングスターに乗って駆けつけたモックは少し涙目である。

「安かった割には状態よかったんだけどな…はははは…完全に壊れてるなー」

シディは壊れて動かなくなってしまったライトスターに乗り、ロープで牽引してもらう羽目になった。

「すいません…1人乗りのエアライドマシン乗ったことなかったんです」

「そーかよ…この広大なトラットダストを生き抜くにはエアライドマシン乗れたほうがいいぞ…」
「そうですか…」
「あのな、エアライドマシンっつーのは自分の身体のエネルギーと自重を使って乗るもんなんだよ、だからスイッチとか無いわけ」
「シオン亭みたいな大きいマシンとか、うちの農園で使ってたマシンも、ですか?」
「あー、シオン亭は《キャラバン》って呼ばれてる、キャンプ用の特殊なマシンな。お前んとこで使ってたのは多分、運搬用の《カーゴ》だろ。そういうのはマシンの性能としてはかなり低くて、業務用のやつ。ほとんど機械制御で動いている…一方で1人乗りのエアライドマシンは本来の目的…つまりレース用のハイスペックマシン!」
「え…もともとレース用だったんですか…日常的に仕事で使ってたから全然知らなかった…」

モックの運転するウィングスターであっという間にシオン亭の停留地点まで舞い戻ってくると、ちょうどノンが窓を開けて空気の入れ替えをしているところだった。

「エアライドマシンは《ワープ》の力で動いてる摩訶不思議なシステムなんだ」

窓からひょこっと身を乗り出したノンが口を挟む。

「《ワープ》?」
「星の力ってこと。《天星学》は専門じゃないし詳しいメカニズムは解説できないけど。生体と反応して移動運動が起こる物質のこと」
「エアライドマシンはそのパワーを閉じ込めた殻みたいなモンなんだよ。」
「ええ、じゃあ改造っていうのは…」
「そこに補助的に色んなエンジン積んだり、力の制御出来るようにしたりっつぅことをやるワケ!」
「ええ…凄いですね?!つまり星の力を操って…?!」
「え…やべえなそれ…星の力を操るオレ…」

その響き超かっこいいじゃん…とモックは急に真顔になって何かつぶやきはじめた。

「その辺にしときなよ〜、すぐ調子乗るから」

シオン亭の中から遠巻きに見ていたチャタが野次をとばす。無視してモックは続ける。

「こんな移動用のマシンや荷物運びのマシンなんかのチマチマした改造はともかく、オレの本業はレース用の整備で…次の《サンドーラ・カップ》でテストランするんだぜ!ま~選手ってワケじゃねーからそんな速くねーけどなだっはっはははは!本場のレースはもっとすごいんだけどな…とにかく何が凄いって……」
「あーあ始まった」
「おーい!買い出し行くってよぉ!」

チャタがしかめっ面をしていると、ちょうどシオン亭の天板の上でカットが跳ねた。

「ワープ…ワープねぇ」

シディは空をぼんやり眺めながらぼそぼそ呟く。

「良い響きですねぇ…わーぷ」

わーぷ、わーぷとシディは繰り返す。

「んー?ワープスターがなんだって?」

天板の上のカットが急に食いついた。

「あ?《ワープスター》ってのは伝説上のエアライドマシンのことな!マシンというか、流れ星?」

そんな有名な話しってるもーん、とチャタは頬を膨らませた。

「流れ星に乗って飛ぶとか、ロマンあっていいよね〜…ヒーローみたい」

急に頬をゆるめたチャタに、モックは不満そうな表情を浮かべる。

「なんでお前はマシンに興味ねーのに流れ星だとそんなフワフワになるんだよ…同じようなモンだよきっと」
「全然違うもーん!キカイじゃなくて、ファンタジーのほうが、いいじゃん!」

チャタとモックがワーワーと言い合いをしている。

「エアライドマシンも十分ファンタジーだけどな…だいたい《ワープ》っていう動力自体が…」

未だにミステリアスだし…とノンは聞こえないようにぶつぶつ薀蓄を垂れ流している。そのようすを眺めながらシディは決意した。

「よしっ!僕エアライドマシン乗れるように頑張ります!」

げええ、とモックは嫌悪感を露わにする。

「ライトスター幾つありゃ足りるんだ!」

一番安いマシンだけど、それでも良いお値段するぞ!とモックは涙目で叫ぶ。

「いや…あの、次は壊しませんから…すいません、本当」
「教習所いけ、教習所〜!」

<完>

-2017.10.17 初稿

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