1 》雑踏の地で

「今年は春風が来ますね」

不思議な帽子をかぶり、分厚い外套を羽織った淡いクリーム色のカービィ、コペルクが口元を緩めながらぼそっと呟くのを、ゴシマは聞き逃さなかった。

「”春風”…?何のことだ、もうすぐ”夏”だぞ」

ゴシマは低い声で尋ねる。鯨の口によく似た重厚な鎧ががちゃりと音をたてる。表情はよくわからない。

「なあに、ただのたとえ話ですよ…さてと、ゴシマさんに会議の結果を報告しないといけませんね」
「きちんとコードネームを使え、P」

P、と呼ばれたコペルクはふふ、と意味ありげに笑った。

「これは失礼いたしました、“G隊長”」

コペルクのうしろから、2体のカービィが前に出て、次々と報告をはじめる。

「本国周辺、かねてから観測されていたトラットダスト全域での《泉》の消滅が、急速に進行しているもよう…」
「有識者会議の結果、イヴリィカーニーの《フェーズ:グルメット》への移行を提案します!」

それを聞くなり、ゴシマは大きく目を見開いた。

「そんなに深刻な事態なのか」
「ええ」

コペルクは何度か目を瞬かせたのち、居直る。

「《王》の指示も…出ましたよ」

そこに集まっていた15体ほどのカービィたちは一斉にざわめく。

「《王》が…動いただと?!」
「まあ、落ち着いてください、みなさん」

コペルクが大きな声で呼びかけると、ざわめきは一瞬にして収まった。

「聞くまでもないとは思いますが…異論はありませんね?」
「どうやら覚悟を決めるしかないようだな…」

ゴシマは狼狽えているようだった。コペルクはそのようすを見ると、にっこりと笑う。後ろから、鎧を身にまとったカービィが声を張り上げる。

「では、本件における最終権限を持つ、王国警備隊・護衛隊隊長G殿!および国立観測所所長P殿より、指示お願いしまーす!」

ゴシマはひとつ、大きな咳払いをすると、15体のカービィ達のほうへ向いて姿勢を正す。

「現時刻をもって、本国は《フェーズ:グルメット》へ移行。各自、作戦開始だ!」
「収穫祭をはじめましょう」

コペルクは穏やかな口調で、それにつづく。
15体のカービィたちは、大変だ大変だ!と大慌てで散り散りになっていった。


「ねーねー」

白黒の先割れ帽子を被った山吹色のカービィ、チャタは気の抜けた声で話しかける。

「昨日まであそこに…大きな泉があったよね?」
「うーん、そうだっけ?」

隣にいるのは、白いニット帽にスキーゴーグルを装着した濃橙色のカービィ、カットだ。
チャタが見つめる方向を振り返り、首を傾げる。
ここは、雑踏と粉塵の国《トラットダスト》東部。辺り一面に広がる荒野の真ん中、小高い丘のてっぺんに、大きなキャンピング用エアライドマシン《シオン亭》が停まっている。ふたりのカービィはその天板の上に座って、ぼーっと遠くを眺めているようだ。風は強く、時折突風となって土を舞い上がらせる。

「おかしいなぁ?」
「泉って言ったってさ、水たまりみたいな小さい泉でしょ?移動したんじゃないかぁ?」

トラットダストは広漠な荒野地帯だ。不思議なことに、この土地の水源は一定の周期であちこちに移動する。水源の移動に伴い、泉(オアシス)も移動する。ひとびとは、それを追いかけるように移住していくのである。そういうわけで 泉が姿を消すことは、そう珍しいことでもないのだが…。

「いや…それにしても、けっこう大きかったって!そんな一晩で枯れるような泉じゃないよ」
「うーん、もうね〜トラットダストはどこ行っても同じ風景だからおいらよく分かんないよ〜」

ふわあ、とあくびを浮かべながらカットは答えた。
一方、シオン亭のキッチンでは、さくら色のカービィが鼻歌を歌いながら皿を洗っている。

「ユズハさん」

そこへ、黄色のボディカラーに黒いニット帽をかぶったカービィ、ノンが低い声で声をかける。ユズハは、ふりむいた。紫と白のポンポン帽子がぴょこんと跳ねる。

「ん?なあにノンちゃん」
「正直に答えてくれ これは…なんだ??」

ノンが小脇に抱えているのは小さい真っ黒な段ボール箱だ。それを見るなりユズハは、あからさまにうろたえ始めた。

「え…っと〜…どこでそれを 見つけたのかしら?うふふふ」
「ここの…このシオン亭でのルールは…ッ」

ノンはぐっと一歩、ユズハのほうに踏み込む。

「干渉しすぎない、ってことだったが、ユズハさん…これはさすがに!」

そのまま、バッと段ボール箱を開ける。

「これはさすがに見てしまったからには見逃せないぞーーー?!」
「あちゃっ…見つかっちゃったかー!!!」


「「「“ムテキキャンディ”?!」」」

シオン亭の面々はリビングルームのテーブルに集まっていた。窓は締め切られ、カーテンもぴたりと閉じられている。テーブルの中央には不思議なフルーツがひとつ、置かれていた。サイズは小さく、歪な球型、角度によってきらきらと色を変える不思議な鱗のようなものが、びっしりと覆っている。

「正確には、ムテキキャンディって名前の、スーパーフルーツね。」
「なんですかなんですかコレーーー!すごい!すごい色!農家長年やってますけどこんなフルーツ、初めて見ました…!これ、ウロコみたいなの何ですか?!自然に生え揃うんです?!」

バンダナをつけた淡いグリーンのカービィ、シディは目をキラキラさせながらぐるぐると机の周りをまわっている。水色のボディカラーにキャップと溶接用ゴーグルをつけたカービィ、モックはその様子をみて笑う。

「うはは、おい落ち着けよシディ…おまえさー食べ物のことになるとテンションがおかし…痛って!!!!」
「っていうかなんなの?キャンディなの?フルーツなの?どっちなの?!」

その横で、チャタが身を乗り出す。

「ちょっと〜!おいらも見たい〜!」

さらにモックを押しのけて顔を出したのはカットだ。

「うぉい!!てめーら!」

オレの場所取るなぁ!!!と、モックは負けじと応戦する。

「へへへ…」

大はしゃぎの連中を眺めつつ苦笑いするユズハの横で、ノンは青ざめていた。
気持ちを落ち着かせようと、震える手でティーカップを持ち口へ運ぶ。

「いや、これだけは…これだけは流石にマズイと思うんだけど…密栽培も密売も、所持自体も重罪だぞ?!」
「やーんもう!仕方ないじゃない!」

ばしっ!ばしっ!と背中を豪快に叩かれ、ノンは飲みかけの紅茶をぶっと吹いてしまった。

「お得意さんだから断れなくて〜…しかも運搬してくれればお礼に一個くれるっていうから☆ ごめんって〜てへぺろりん☆」
「げほ…げほ…“運び屋”を買って出たってことか?!あんたは一体どんな物騒な輩と付き合ってるんだ…」
「むむぅ…くいもん屋たるもの、食材関係のコネクションはだいじにしないといけないのっ!」
「だははははは!!!ユズハもけっこう危ないビジネスやってんな〜〜!」

とんがり帽子にマフラーをつけたチャコールグレーのカービィ、ブロウが二階の寝床から飛び降りてきた。ぽすっ、とソファに着地する。

「で?それはうまいのか?食うとどうなるんだ?」

一同はじゅるり、とよだれを垂らしている。

「そうね…食べるとその名前通り…」
「「名前通り…?!」」
「無敵になる!!!」
「「ええええええっ!!!!!」
」
「…っていう、あくまで喩えね。果肉には強い栄養素が凝縮されすぎていて、かえって毒なの。危険すぎて誰も食べられないのよ。ふつうはこの鱗みたいな果皮を剥がして、煎じて飲む。元気ドリンク並みの回復アイテムになるの!」
「ほぁ〜…なーんだ」

一口でも食べてみたかったです…と、シディは残念そうだ。

「もし食べ切れたら無敵状態になっちゃうんじゃないの?!っていう話ね。ロマンがあるでしょ☆」
「ったく…馬鹿馬鹿しい」
「なによーノンちゃん、信じられない?」
「噂だろ!う、わ、さ!聞いた話では一口食べただけでぶっ倒れるって…」

プァーーーーーン!!

突然、外からクラクションのような音が聞こえてきたので一同はぴたりと静止する。ブロウは、締め切ったカーテンの隙間からチラッと外を見た。

「お、“回収車”が来たぞ〜 もうそんな時間か」


『こちらイヴリィカーニー、ゴミ回収車です!不用品も無料で回収いたします! この回収車は、王政国家イヴリィカーニーの公的機関が行なっている慈善事業です! みんなひとしくカーニバル♪年中祝祭の夢の国!休暇はぜひ、イヴリィカーニーへ♪』

胡散臭い宣伝文句を謳いながらその車は近づいてきた。

「王国のマシンだな、偽業者ではなさそうだ」

ブロウがゆっくり立ち上がったので一同は大慌てでテーブルから散る。

(うぎょーーー!!急いでしまっちゃわないとマズくないかーっ?!捕まるのではっ!)

カットはムテキキャンディを掴むと急いで黒い段ボール箱の中に押し込んだ。
ノンはぎゃあぎゃあ言いながらその箱を梱包する。

(ばばば馬鹿!あわてるとかえって不審に思われるからっ!はいっユズハさん早く片付けてっ)
「まあまあ、みんな落ち着いて…」

ユズハは呑気にうふふと笑いながら黒いダンボール箱を受け取ると、もう片方の手を高くかかげた。

「さ〜て、ゴミ出しやるわよー!」

各々、了解の返事をする。


「いいニオイするぞ」
「おう いいニオイだ」
「喰わせたいナ」
「喰わせたイ」

回収車の運転席に座っているのは真っ黒なカービィだ。トゲトゲの靴をはいており、頭部には奇妙な一つ目のようなボディペイントが施されている。サイドミラーから、シオン亭の中から誰かが出てくるようすをじっと見つめている。となりの助手席でそわそわしているのは同じような色のもう一体のカービィ。帽子を被っている。瞳孔が開ききった眼で、あたりをぎょろりと見回しながら、口を開いた。

「ドルテくぅん ボク行ってみていい? カネメのもの…あるかも…うフフ」
「いってこイ オレはおとなしくシゴトする“フリ”でもしていル」

キャキャキャキャ!!!!!ふたりのカービィはけたたましく笑いあった。

(あら…?運転席にひとりしかいない…珍しいわね)

大きな袋を頭の上にのせて、ユズハはとことこ回収車に近づいた。イヴリィカーニーの回収車は、ふたり1組で仕事をしていることが多いのだが、助手席にはだれも乗っていないようだ。うしろから、チャタが同じく袋を持ってついてくる。

「まいど」

運転席の窓が開き、ドルテが顔をだす。チャタはぎょっとした。

(わっ?! まっくろなカービィなんてめずらし…)
「くいもん屋か?屋号は」
「《シオン亭》よ」
「承知。後ろから投げ入れロ」

ドルテはそう言うとなにかのボタンを押す。ギギギギギ、と鈍い音をたてて、荷台が開かれた。ユズハとチャタは、ゴミ袋をぽいぽいっと投げ入れる。

(あいつって、イヴリィカーニーのお巡りさん、なんでしょ?今日のはいつもに増してガラ悪いねぇ)

チャタはぼそぼそとユズハに囁いた。

(お巡りさんって言っても、国境付近にのさぼる”辺境部隊“よ…イヴリィカーニーのなかでも手に余る問題児がたーくさん!あんまり悪口言ってると目をつけられるわよっ)
(ほぉい)

バタン!素っ気なく荷台が閉められ、回収車は砂を巻き上げて発車する。


シオン亭の中に戻ると、シディがソファでごろごろしていた。少し離れたところでノンが本を読んでいる。

「あのう…これから、どこへ向かうんですか?」
「そーね」

ユズハはふぅ、と一息つきながら、二階へのハシゴに手をかけた。

「ここからいちばん近いキャンプ地、ね。食材が買い込めればいいんだけど…」

実は、《シオン》亭が本職である移動食堂を休業してから、はや一ヶ月ちかくになる。なにしろ、自分たちの食糧を確保するので手一杯になるほど、トラットダストは食糧不足なのだ。そんな状態だというのにユズハは一体何を…と、ノンはひとりやきもきしていた。はぁ、と重いため息をつく。

(まぁ、こんな状態だからこそ…か。ユズハさんも何とか店を回してくために危ない橋を…)
「きゃあああああああ?!?!」

ユズハが突然悲鳴をあげたので、シオン亭一同はいっせいに飛び上がった。

「どうした?!」

全員、大慌てで二階に駆けつける。

「ないの」
「…え?」
「ムテキキャンディが入ってた箱、ないの…」
「「「ええええええええええええええええええええええ?!?!?!?」」」

to be continued…

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